油屋種吉の独り言

日記や随筆をのせます。

変身。  (1)

2024-10-28 11:50:16 | 小説
 「いつまでも、あいつめ、奥の間で何しとるんやろ、また……」

 土間で掃きそうじをしていた四十がらみの女が小声でそうつぶ
やき、唇をかんだ。

 右手にもった小ぶりのほうきは動かしたままで、家事仕事がし
やすいのか、あちこち布切れでつぎはぎした草色のモンペをはい
ている。

 お勝手の引き戸は開け放ったままだ。
 七輪で焼いている川魚が、もうもうと煙を上げている。
 外からもろに、家の中が観えないよう、引き戸の上から暖簾が
かかる。

 彼女はそれを引き上げては、ときどき戸外の通路を見やる動作
をくりかえした。

 家は玄関が南向きの造作で、訪問客があれば、すぐに見つけら
れた。
 畑に植えた柿の葉が雨にぬれている。

 ゆうべから降っているらしく、さつまいもの葉っぱばかりでな
い。辺り一面、乾いたところはどこにも見られない。

 梅雨入りまじかだ。

 門扉のわきに植えたエニシダの花が輝くような黄を辺り一面に
まき散らしていて、ともすれば彼女の心の中にうずまく鬱々とし
た気分を飛ばしてくれる。

 一番初めに生まれた息子に手を焼く。
 小さな頃から駄々っ子だった。

 彼がこの春、中学二学生になった。
 今度こそ、新たな気持ちで欠かさず通学してくれるのを彼女は
願った。
 あとに続いた男の子ふたりは学校が好きならしく、親を悩まし
たことがない。

 昨夜、寝床に入ったまま、くだんの息子が登校時刻になっても
起きてこない。こんなことが彼が小学校高学年になった頃からひ
んぱんになった。

 彼の身体はいたって丈夫、風邪をひいて鼻水や軽いせきをする
ことがままあるが、めったにひどくならない。

 原因はどうやら、多くてむずかしくなった算数の宿題にあるら
しかった。

 「おなかが痛い」
 と、母親の彼女に訴えたところ、やすやすと学校を休むことが
できた。それに味をしめたのがいけなかった。

 (くっ、また仮病か。中学生になっても、まだわるいクセが治ら
んようや。わてがどこかで、よっぽど熱いお灸をこいつにすえて
いたらこんなことにはならんかった)

 彼女はわざとらしく般若の形相をおのれの顔にうかべると、座
敷に上がった。

 彼の部屋にあゆみ入ると、無言のまま彼女はかけぶとんをはが
しにかかった。

 くだんの息子は九の字型に体を曲げ、飼い猫のクロを胸に抱い
てじっとしている。

 彼女は怒りがむらむらとわいてきて、たまらなくなった。

 ふんぎゃっとクロはひと声鳴き、走り去った。

 
   
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1 コメント

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Unknown (sunnylake279)
2024-10-28 19:03:15
こんばんは。
家の様子が見えるようです。
花に癒される母親の気持ちが、なんだかいいなと思いました。
不登校の息子が、これからどんなふうに変わっていくのか楽しみです。
そのためには、母親の方も変わらないといけないような気がしました。
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