油屋種吉の独り言

日記や随筆をのせます。

会津・鬼怒川街道を行く  (3)

2020-07-17 23:48:47 | 旅行
 大きな山の端をめぐると、ふいに目の前が
ひらけた。
 左を見ると、幅の広い川がある。雪解け水
だろう、けっこうな水量だ。
 はるか平地に向かって、とうとうと流れて
いく。
 陽射しが急に強くなった気がして、わたし
はまぶしくて眼をほそめた。
 晴天のゴールデンウイークの一日。
 満開のさくらを二度観る幸運に恵まれたと
喜んだあとだけに、いっぺんに夏がやって来
たような周囲の変化に、わたしはついていけ
ないでいる。
 それに大内宿での独り暮らしのおばあさん
との出逢いが、わたしの旅のタペストリーに
微妙な色合いをつけていた。
 まるで生まれてからずっとこの地に住んで
いるような気がするのだ。
 その雰囲気は旅の間じゅう、ずっとわたし
に付きまとった。
 ここは会津田島の町はずれ。
 日光のイロハ坂を下るときに聞こえるキー
ンという耳鳴りは、ここでは体験しなかった
が、山王峠のある高地から車がくだって来て
いる。
 車がガスに巻かれ、うかうかすると谷底に
まっさかさまなんて危うい場所もひやひやす
る場面もあった。
 せがれも平地が近いと悟ったのか、アクセ
ルを踏む足に力をこめた。
 「おいおい、気をつけて運転しろよな。こ
んなところで速度超過なんてかっこわるいぞ」
 「だいじょうぶだよ。まだまだいなか道な
んだし、おまわりさんだって、こんな見通し
のいいところでねずみとりしてやしないさ」
 「わかるもんか。ほんと、初めて走るとこ
ろは要注意だ。おれはだてに年取ってないか
らな。免許をとったばかりで、不慣れな前橋
の街を走ったことがあるが、もうさんざんだ
った。若いおまわりさんに笛を鳴らされてさ。
心臓がどっきんどっきんだったよ」
 「おやじ、縁起でもないことを言ってくれ
るなよ。あんまり心配してると、ほんとになっ
ちまうから」
 ふいにものかげからドッジボールくらいの
大きさの玉っこが飛び出してきた。
 すぐに四歳くらいの女の子がひとり、道路
の中央にまで追いかけて来た。
 車が迫ってきているのがわかったのか、彼
女はどうしていいかわからず、ただぼんやり
とたたずむばかりだ。
 せがれは鬼のような形相で、思い切りブレ
ーキを踏んだ。
 寸でのところで、彼女は事故から逃れた。
 後続車がなかったのも幸運だった。
 「すみません、すみません。以後気を付け
ますから」
 女の子の母親らしい人が真っ青な顔で、盛
んに頭を下げた。
 「いえいえ、こちらももっとスピードを落
とせばよかったのですから」
 黙りこくっているせがれに代わり、わたし
が返事をした。  
 「すみません。鶴ヶ城にいきたいんですが。
まだまだ遠いんでしょうか」
 「つるがじょう?ああ、若松城ですね。あ
と三十分くらいかかりますかしら」
 彼女は車のナンバーをちらりと見やり、
 「宇都宮方面からおいでですね。山あいを
ぬけて来られたんじゃ大変だったでしょう?」
 「ええ、けっこう時間がかかりました」
 「ちょっと休んでいかれたらいかがですか。
お茶でも差し上げますから」
 せがれの車の中に、かみさんがいるのに気
づいたのだろう。
 彼女はほっとした表情になった。
 彼女の話によると、彼女はもともとこの地
の人ではない。
 首都圏から来たらしい。
 若い頃、夫と共に旅行で南会津にきて、こ
の地の自然に心を打たれたらしい。 
 そのうえ、町も県外から移り住んでくれる
人を募っていた。
 「会津は昔から学問には熱心だし、礼儀作
法を身に付けることができる。いっそのこと
空気のきれいなこの地で子どもを育ててみる
か」
 心身ともに、容易に東京から離れられない
身の上の彼女だったが、夫の熱意に動かされ
たようだった。 

 
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