明治45年(1912)3月に竣工した我国初の急速ろ過式の浄水場。疎水の水を上水に清浄し、一般家庭や工場に配水する京都市営の浄水場の1つである。
創業当初の給水能力は1日68000㎥、当時の給水人口4万人に比べて約2倍であったが、その後、発展する人口の増加によって、昭和37年(1962)1月には拡張工事を行ない、新旧あわせて1日約200000㎥の給水能力を有する近代的な浄水場として生まれかわった。
九条山浄水場
蹴上浄水場 198,000立方メートル
日本最初の急速ろ過式の浄水場として明治45年3月に竣工し,京都市ではじめて給水を開始し,平成24年8月には,浄水施設の全面リニューアルが完成しました。 また,場内約7,600本のつつじ・さつきは,浄水場一般公開で市民の皆様に親しまれています。
新山科浄水場 362,000立方メートル
昭和45年11月にしゅん工しました。
この浄水場は本市最大の浄水場で,琵琶湖から取水しているほか,宇治川からも一部取水をすることができます。
松ヶ崎浄水場 211,000立方メートル
昭和2年6月,緩速ろ過式の浄水場としてしゅん工し,その後水需要の増大に対応するために効率のよい急速ろ過式に改造しました。
大文字五山送り火の1つ“妙法”の「妙」の上部に最高区配水池があります。
山ノ内浄水場 現在、敷地は 大学になっています
山ノ内浄水場は昭和41年に完成し,安全・安心な水道水を京都市内西部地域(右京区・西京区・南区の一部)に供給していました。当時の最大給水能力は一日当たり24万立方メートルです。
水道水の原水が琵琶湖から琵琶湖疏水を流れ,蹴上の取水池から導水管(長さ8km,直径1m65cm)によって自然流下で山ノ内浄水場まで運ばれ水道水をつくり,浄水場から 浄水場からポンプによる直送方式(低区給水区域)と高雄配水池からの自然流下方式(高区給水区域)で給水されていました。
しかし,近年の水需要の減少に伴い浄水場施設規模の適正化を図るため,京都市全体の給水区域の見直し及び高雄高区排水池送水用の山ノ内ポンプ場整備などを経て,平成25年3月に山ノ内浄水場は廃止されました。
場内には「つつじ」や「さつき」が植えられ、一般公開もされている。また、場内に与謝野晶子の歌碑がある。これは、この地が与謝野晶子の曽遊の地、旅舎辻野の跡に因んで建立されている。
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今回の川柳
キス以降 彼の態度が厚かまし /ダッちゃん
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