昔の学校の門 始業は6時から
開智小学校跡
開智小学校は、明治2年6月11日(1869)全国に先がけ
下京第11番小学校として日本で最初の「学区制小学校」の1つである。
平成4年3月31日、近隣5校の統合により123年の歴史の幕を閉じた
戦後70年 撮影不可でした
二宮金次郎
二宮 尊徳(にのみや たかのり)は、江戸時代後期の農政家・思想家。
通称は金治郎(きんじろう)であるが、
一般には「金次郎」と表記されてしまうことが多い。
また、諱の「尊徳」は正確には「たかのり」と訓むが、
有職読みで「そんとく」と訓まれることが多い。
「報徳思想」を唱えて「報徳仕法」と呼ばれる農村復興政策を指導した。
旧成徳小学校玄関(部分)
下京第9番小学校として開校した成徳小学校の、
白楽天町へ移転時に建築された玄関車寄せである。
丸みを持つむくり屋根と、それを支える2本の柱が擬洋風を伝える。
西洋建築のイメージを日本人の伝統的な大工の技術で実現した建造物のなかで、
京都に残る初期の例として貴重。
明治42年(1909)、校舎改築のため講堂とともに
顕照山 高岳寺(城陽市)に移築され、
平成18年(2006)12月まで本堂の向拝として使用された。
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