今、「武士の家計簿」という映画が上映されている。
堺雅人、仲間由紀恵が主人公の猪山直之夫婦役を演じている。時代劇版ホームドラマという感じである。
江戸時代にはいろいろな面で興味がある。同時代の外国の他の都市に比べ、町民の人口密度は世界一であったにも拘らず、清潔でエコな生活を送っていたとか。町民である一般市民の識字率も高く、教育も行き届いていたとか、父親の育児へのかかわり方も素晴らしかたっとかである。
「武士の家計簿」(新潮新書)は著者の磯田道史氏が神田の古本屋で15万円ほどで買い求めた猪田家の36年分の家計簿ともいうべき「入払帳」を中心とし、書簡などを基に書かれたものである。
言ってみれば、幕末から明治に至る激動の社会、経済状況の中を生き抜いた武士一家の生活の歴史である。
余談になるが、手書きの家計簿は裁判での有力な証拠となる。後に書き換えることが困難であり、生活を生々しく表しているからである。例えば、領収書を紛失してしても、家計簿に記載されていれば、支払ったことの証明となりうる。
本来、映画化には不向きと思われる日本社会経済史の著作がホームドラマ的に映画化されたのも、家計簿とも言うべき、36年間にわたり克明に記載された「入払帳」を基にしているからである。
映画は映画として面白いであろうが、本を読めば、また、独自の想像が膨らみ興味が湧くであろう。
同種の本を買ったことを思い出し、本棚を見た。
同じく新潮社から選書で、時代物作家として定評のある小松重男が書いた「旗本の経済学」が出てきた。
この本は、やはり徳川将軍直参の御庭番筋の旗本川村修富(ながとみ)の残した「萬融院様御手留」という古文書を基に書かれている。
この古文書は川村家が代々守り通し、現在、新潟市郷土資料館にある。
「萬融院様御手留」は川村修富が58年間にわたり書かれた備忘録のようなものである。
その内容は、修富の出世や職務内容、当時の経済状況や家計の遣り繰り大奥の仕来りやマル秘事項等である。
推理や推測を極力避け忠実に原文を再現しているところに、小説的な面白さには欠けるが、逆に、事実をより正確に理解することに依って想像の楽しみは倍加する。