木曾海道六十九次 中津川中津川(晴)重畳たる山間を縫う木曽路に別れを告げて、明るく開けた美濃路に入り、二番目の宿驛が中津川である。折り重なる木曽の山々や恵那山を背景に、平坦な野を描く。篠懸をつけ......
木曾海道六十九次 中津川中津川(晴)重畳たる山間を縫う木曽路に別れを告げて、明るく開けた美濃路に入り、二番目の宿驛が中津川である。折り重なる木曽の山々や恵那山を背景に、平坦な野を描く。篠懸をつけ......
木曾海道六十九次 中津川(雨)中津川中津川の作品は、晴雨の両景二種類ある。中津川宿の遠方には晴れ間が次第に見えてきたのであろうが、まだここでは雨が重く冷たく降りしきり、雨合羽に身を包んだ旅人は、容赦な......
「相模」江之嶋岩屋ノ口
江ノ島は、相模湾岸の境川の河口にあり、境川によって運ばれた土砂でできた片瀬海岸とつながる、満潮時にはこの砂州が水面下に消えた。人々は渡し舟に乗るか、引き潮を見計らって歩いて渡っていた。その後、江ノ島大橋、江ノ島弁天橋が架橋され、干満の別なく渡ることが出来る様に成った。箱根・江ノ島方面への旅は、江戸から2~3日の近郊の旅行として人気があっただけでなく、足を伸ばせば富士詣、身延詣、にも行けるので、これらの参詣の流行とともに隆盛を極めた。本図では、富士山の左半分と江ノ島の右半分が枠外に消え、画面上にはそれぞれ半分しか描かれていない。此の事によって、横長に広がる景色を無理に縦の構図に入れ込むのではなく、左右に広がる構成をイメージでき、より広い空間を演出している。
木曾海道六十九次 落合「落合」木曽路の嶮しい山道を難儀しながら歩いてきた旅人達は、馬籠宿の先の急な坂道を下り、前面に開けた平地の中に落合宿を見付けると、我が家に帰った気分になったという。恵那山......
「伊豆」 修禅寺 湯治場
修禅寺温泉は、807年に弘法大師が開いたとされる歴史ある温泉である。広重は本シリーズを描く際に『山水奇観』を参考に描いているが、例外的に気に入った場所を追加して描いており、本作品も広重が新たに加えて描いた場所である。画面中央の湯治場「独鈷(とっこ)の湯」の建物を細かく表現し、急流の川と共に賑やかな雰囲気が伝わってくる。