近江八景とは、琵琶湖周辺の代表的な名勝8カ所を選んだもの。その選定には、中国湖南省洞庭湖(どうていこ)付近の名勝・瀟湘(しょうしょう)八景が参照されている。室町時代には、その瀟湘八景をもとにさまざまな日本の風景が漢詩に詠まれたが、現行の近江八景が登場するのは、江戸時代の初め頃。以後、屏風絵や版画の題材として流行った。
近江八景のひとつ、矢橋帰帆は、琵琶湖南部にあった矢橋港に帰ってくる舟を描写したものだ。大津から東へ旅するにあたって、瀬田の唐橋を渡るのは陸路になるが、天候さえ良ければ大津から矢橋へ舟で渡るほうが早かった様だ。かつて湖東地方でとれた近江米の出荷地として栄えた矢橋港は、往時は二百艘近い船が行き来したという。白い帆を連ねて港に入る船の列が、ゆったりとした時間の流れを感じさせる。
「真帆かけて矢橋にかかる舟はいまうち出のはまをあとの追風うち出の浜は大津港である」