廃校利用 山里の美術館「共星の里」

福岡県朝倉市黒川の「共星の里」のイベント情報や楽しい体験記を掲載。
左下のお好きなカテゴリー(1~16)毎にどうぞ!

「複合芸術で、二つ の記憶を蘇らせる。」

2005-09-10 11:22:27 | 4.05~24年のイベント 告知&報告


ヒグマさんがイベントプログラム用に寄せてくれたコメントをご紹介


沖縄で多くの人がなくなり、広島と長崎に原爆が投下され、キノコ雲が空を埋めた。
一度、サイパンの地に立った時、地面に埋もれた大砲が戦争の悲惨さを語っていた。
敗戦から日本が目指したのは、資本主義の効率主義だった。
60年を経たいま、効率主義で切り捨てられたモノの大切さが見直されつつある。
モノではなく精神ということか。
実は、アートは効率の悪い仕事である。が、人間は効率だけでは生きてはいない。
精神で支えている。
不思議と精神性は効率の悪い、芸術や文学、いわゆる感性を養うところに芽生える。

身体、音楽、美術、映像が集い共同作業をする。テーマは「ゼロセンガ、ハトニナルヒ」だ。
ベルクソンは記憶に二つのものがあることを数えた。
ひとつは身体としての記憶であり、もうひとつは精神としての記憶である。

ライブインスタレーションは二つの記憶を蘇らせるか。
                                    ヒグマ春夫



私の腕の悪さ故、本番中の会場のようすをバッチリ写せた写真がなくて(ほとんどボケボケ!)、
このブログ見てくださってる方々に当日の雰囲気がうまく伝わっているのか疑問
映像のシーンの写真もまともに撮れているのが無くてご紹介できなくて残念.....

あとから聞いた話ですが、オモチャみたいなヒコーキはなんでも
「にんじんとかキャベツでつくった」んだそ~な。ん~ぜんっぜんわかんなかった

映像の合成や編集は最終的にパソコンの中での作業なんだけど、
ヒグマさんの場合、超デジタルなんだけどアナログ!超アナログなんだけどデジタル!
パソコンはあくまでも道具でしかない!!みたいな所が私は大好きです。
それと、やっぱり臨機応変できる所!

映像作品といえば「作り込んだものをどこかで流して見せる」
というイメージでしか私はなかったんですが、
ヒグマさんはやっぱり即興性を楽しむタイプみたいで、
作り込んで用意してきたものプラスαが毎回必ず有ります。(昨年も、作品+ライブの生映像を同時にかぶせたりして、不思議なおもしろさがあった)
どこに映すかとかも、決してスクリーンだけにはとらわれず行った先の状況に合わせて
対応して楽しんでいるみたいです。

ヒグマさんとはクマが出身校が同じで、4年前に東京在住の同じ出身校のもうお一方の発案で
実現した「3人展」というのにクマが参加させていただきました。(ヒグマさんが映像と写真コラージュ作品、あとの2人がグラフィック。その時初めてヒグマさんにお会いしました!)
その展示会の時も、会場の壁のでっぱりをわざと利用して映した
奥行きのある映像が、新鮮でおもしろかったです。

あと、ジョーダンばっかり言う所もおもしろい。
それが、口調も顔もいつも同じ調子なもんだから、ヒグマさんがしゃべり始めると
私は心の中で(今、ジョーダンを言っているのか、マジなのか)と
いちいち真剣に考えてしまう.....。
あっそれと、毎回東京から一人で車運転してやってくるとこもスゴい.....

中央で精力的に活動されてて、私が言うのもヘンですが「アブラがのってる」ってカンジです!

.

ヒグマ春夫プロフィール

2005-09-10 11:17:20 | 4.05~24年のイベント 告知&報告

[映像]ヒグマ春夫(ひぐま はるお)

経 歴

ビジュアルアーティスト。

80年代「白いオブジェの為に」のビデオパフォーマンスをする。

90年には文化庁派遣芸術家として1年間ニューヨークに派遣される。

近年の作品としては「ミメーシスする身体」「WTC」等がある。

02年「DIFFERENCE」で 第5回 岡本太郎賞 - 優秀賞 を受賞。

「Water Moon#4」で釜山ビエンナーレに招待。

04年「The Shining San」日本の現代美術(イラン・テヘラン)参加。

04年「今ここに、そして、明日を感じて」(トルコ・イスタンブール)参加。

.

第4章「共 星」ヒグマ春夫登場。

2005-09-10 11:13:49 | 4.05~24年のイベント 告知&報告

いよいよ最終章!
第4章「共星」(小さなひとつの星(地球)の上で共に生きる人々が星のように輝くことを願う。)

ヒグマさんの映像作品が、会場いっぱいに写し出される。
ゼロセン上の白布からステージのスクリーンへと
次々に飛んでゆくオモチャみたいなかわいいヒコーキたち。
そのチープなかわいらしさが、本物のゼロセンを目の前にして、かえって際立ちおもしろい。

なのになぜだか淋しく、むなしく感じた。

(この映像のおもちゃみたいなヒコーキには誰の命も乗ってはいない、
 でも横にあるこの本物のゼロセンは....)そんな対比を心の底でしてしまっていたのかナ~。


そして終盤へ....


.