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トレイントーク1118-1 エアポート快特10周年ラッピングトレイン

2008年11月18日 23時36分30秒 | 急行特急TH発2007年→2019年5月1日AM11:59
ご存知、紅い電車の蒼い電車、606編成である。今年でエアポート)快特が10周年を迎えると、この「ブルースカイトレイン」は、今、「エアポート快特10周年記念号」と言う感じである。
10年経っても消えない、京急←→都営←→京成を直通する運用。両空港を結ぶアクセス目的からは、いつしか外れ、羽田空港用と京成の浅草線からの通勤用と化している「エアポート快特」である。
臨時電車として、これまでの「都営浅草線(1号線)」を挟んで、トンネルの向こうの両終点を結んだ、伝説とも言える列車があったのは、有名な話であるが、長続きはしなかった。それに対し、エアポート快特の息は長い。しかも定期列車である。
とは申せ、京成側では「衰退」とも言える「エアポート運用の種別格下げ」の動きもある。「快速」という復活した種別がそれを物語っている。だが、夕刻に「空港利用を目的にしない」形で、この「エアポート快特」が活かされているので、プラスマイナス0という感である。
一方京急側では、10年ずっと「快特らしからぬ快特」として、この「エアポート快特」は君臨したままで。「110Km/h運転のまま」である。一部噂では、かつて京急車が担当する平日の1本だけ120Km/hという話もあったが定かではない。120Km/h化には、都営5300形に京成の3500形を運用から撤退させる必要があるが、夢物語である。
個人的には、「列車名前」だけ気に入っているし、「飛行機マーク」が種別名に付加されてるのが好きだ。
だが、現実を考えれば、もはや「エアポート快特」は、その「名称のみを捨てる」方が良い様な気がする。字幕はそのまま残して置き、単純に「快特」という名前にした方がすっきりはしそうだ。ただ、「地下鉄から優等列車が乗り入れる!」という「浅草一族」の「誇り」もあるので難しいだろうが、浅草線内の種別案内を「快特」と「普通」だけし、「列車種別名」も押上または泉岳寺まで「普通」という表示で走れば、すっきりとするが、「誇り」と「宣伝」の為に、実現はしないだろう。
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Mind Feeling1118-2 「自信」について

2008年11月18日 07時04分08秒 | 急行特急TH発2007年→2019年5月1日AM11:59
いつかは、この話について書いてみたいなぁ…と思っていたその時に、丁度、先日手にした、ひぐちアサ著『おおきく振りかぶって 第11巻』の背表紙に出て来た。「自信」という2文字。今回は、それについて話をしてみたい。
人は、どうすれば、「自信」を持つ事が出来るのだろうか?よく、

「成功体験を基にすると自信がつく」

という。それについて、納得は行くものの、疑問も残る。

「その‘‘成功,,は、単に‘‘偶然が起きた,,だけで、‘‘その時限り,,かも知れない。‘‘この次,,の保証は無い」

と考えると、なし崩し的に、その論理が破綻するのだ。あるいは、

「‘‘成功,,と言える‘‘体験が無い,,」

「成功よりも‘‘失敗が先行,,してしまい、‘‘記憶に欠ける,,」

と言う場合についても、同様の事が言えないだろうか?
かなり「疑心暗鬼」というか「反抗的」と言おうか、うまく言えないが「率直な考え方ではない」と思うが、よくよく考えると私はそう思える。
「自信を持つ、持てる」というのは、「成功体験」に加え、「純真無垢さ」が必要なのではないか、と思う。つまり、「事実を‘‘率直,,に‘‘成功した,,受け止められるか否か」という事。
言葉でいうのは簡単で、なんと難しい話だろうと思う。
また、「成功」という2文字を「自信」というものに繋げる場合、「‘‘独力,,でやれたか、出来たか」という 事も要になってくると私は思う。基になった『おおきく振りかぶって』の主人公が、チームを移籍して、新しいマウンドに立ち、勝利を手にするも、自信が持てないと感ぜられるのは、きっと「主人公自身の独力を廻る問題」がある様に思う。多くの試合に出て勝てば単純に、手に入るという問題ではない様にも感じる。
一体、いかにすれば、自信という2文字を手にする事が出来るのだろう?答えは未だもって出ていない。
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Mind Feeling1118-1 夜明け

2008年11月18日 06時17分02秒 | 急行特急TH発2007年→2019年5月1日AM11:59
「白い息を吐いて、夜明けの街を走る、名も無いランナー、ぼんやりみてた。眠れぬままじっと窓に額をつけて見知らぬランナー、見つめていた。」(篠原美也子『夜明けのランナー』1997年より引用)

今時分、そんな場面がありそうな気がしたので、書いてみた。夜明けのランナー。それは、明けて消えて行きき、暮れて明けかけた時に再び現れる、謎めいたランナー。彼の行き着く先に、ゴールは無い。道は、果てしなく続き、終はない。一人一人の時計が止まらない限り...
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