小説新潮5月号から連載している。
前段は乃南アサの小説である。
「実際の判例のいくつかを基にしている」犯罪の小説である。
そして、解説、というのがある。
この解説は、甲南大学法科大学院教授 弁護士 園田寿氏が受け持っている。
つまり、前段の小説で犯罪を犯した、正犯、共犯の人たち、あるいは何らかの形でかかわった人たちがどのような罪に問われるのかを、解説しているのである。
まあ新しい形といえばそうであるが、私としてはあまり後段の部分は興味がないのである。
なんとなれば、実際の事件であっても、その犯した罪がどう裁かれるのかということは関心事ではなく、その犯罪にかかわった人たち(加害者、被害者、その関係者)の気持ちとか心とか、これからどう生きていくのか、ということのほうに目があるいは気持ちが行ってしまうのである。
だから、推理小説を読んで事件が解決されても、その後のほうが気になる場合がある。この被害者は、あるいは加害者の関係者はこれからどうするのだろうか、ということが気がかりだったりする。
小説というか物語ゆえに探偵さんや刑事たちはやたら事件に出くわすが、滅多なことで事件なんかに巻き込まれないし、殺人事件など一生に一回もあればそれだけで人生観が変わりそうである。
というわけで、せっかくの斬新な企画なのに、小説部分を読んで終わってしまう私なのでありました。
面白さの余韻のなかで解説されてもなあ、と思うのでありました。
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前段は乃南アサの小説である。
「実際の判例のいくつかを基にしている」犯罪の小説である。
そして、解説、というのがある。
この解説は、甲南大学法科大学院教授 弁護士 園田寿氏が受け持っている。
つまり、前段の小説で犯罪を犯した、正犯、共犯の人たち、あるいは何らかの形でかかわった人たちがどのような罪に問われるのかを、解説しているのである。
まあ新しい形といえばそうであるが、私としてはあまり後段の部分は興味がないのである。
なんとなれば、実際の事件であっても、その犯した罪がどう裁かれるのかということは関心事ではなく、その犯罪にかかわった人たち(加害者、被害者、その関係者)の気持ちとか心とか、これからどう生きていくのか、ということのほうに目があるいは気持ちが行ってしまうのである。
だから、推理小説を読んで事件が解決されても、その後のほうが気になる場合がある。この被害者は、あるいは加害者の関係者はこれからどうするのだろうか、ということが気がかりだったりする。
小説というか物語ゆえに探偵さんや刑事たちはやたら事件に出くわすが、滅多なことで事件なんかに巻き込まれないし、殺人事件など一生に一回もあればそれだけで人生観が変わりそうである。
というわけで、せっかくの斬新な企画なのに、小説部分を読んで終わってしまう私なのでありました。
面白さの余韻のなかで解説されてもなあ、と思うのでありました。
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