政府統計、信頼に揺らぎ GDPなど日銀が不信感
2018年11月13日 1:30 「日経新聞」
日本の現状を映す統計を巡り、内閣府と日銀が綱引きしている。国内総生産(GDP)など基幹統計の信頼性に日銀が不信を募らせ、独自に算出しようと元データの提供を迫っているのだ。内閣府は業務負担などを理由に一部拒否しているが、統計の精度をどう高めるかは、日本経済の行く末にも響きかねない大きな問題をはらんでいる。
「基礎データの提供を求めます」。10月11日、政府統計の改善策などを話し合う統計委員会の下部会合で、日銀の関根敏隆調査統計局長は内閣府の統計担当者に迫った。
統計委のGDPに関する会合は喧々囂々(けんけんごうごう)の議論が続く。中心テーマは内閣府が発表するGDPの精度だ。GDPは様々な統計を合成して作る「2次統計」で、元データの合成方法は非常に複雑だ。
日銀はこうした統計への不信を募らせ、原データなどを確認して自ら合成を試みたいと訴えている。だが、内閣府は「業務負担が大きい」などと反論。要請に応じて一部データを提供したものの決着は付いていない。
日銀の不信には一定の根拠がある。例えば厚生労働省が毎月まとめる賃金に関する統計。今年1月に統計手法を変えたところ前年同月比の伸び率が跳ね上がった。これには専門家から異議が噴出。統計委員会でも俎上(そじょう)に載り、この賃金データを基にまとめる内閣府の報酬統計も修正を迫られた。
日銀は早くから厚労省統計の賃金の異常な伸び率に着目し、7月の経済・物価情勢の展望(展望リポート)では統計方法変更の影響を除いた数字を採用した。経済実態を正確に映すために、GDP統計も合成比率を見直すべきだとの立場だ。関根氏は「消費増税前後の成長率の振れは内閣府の発表より小さかった」などとする検証結果も示し意見を戦わせている。
「1次統計の精度向上が最優先だ」。第一生命経済研究所の新家義貴氏はGDPの精度向上が重要課題だとした上で、その基となる統計の見直しをおろそかにすべきではないと指摘する。1次統計とは企業や消費者などから直接データを集めて作る統計のこと。2次統計であるGDPの揺らぎは1次統計の精度の問題をはらむ。
だがこうした議論がむなしく感じるのが、今の日本の統計作成現場の実態だ。総務省によると、日本の統計職員は今年4月時点で1940人。前年比で2%増えたものの09年比では半減した。
農林水産省で統計職員の算入方法を変えた影響も大きいが賃金データの正確性に疑問を持たれた厚労省も1割超減った。厚労省が国会に示した裁量労働制に関するデータが不適切だった問題も「統計に詳しい人材が足りなかったため」との指摘が漏れる。内閣府が業務負担を理由に日銀へのデータ提供を拒むのも無視できる状況ではない。
各国に比べ日本の統計人員は少ない。政府の統計改革推進会議が昨年まとめた統計機関の職員数は米国が1万4000人超に上る。人口が日本の半分程度のフランスも2500人超、カナダは約5000人だ。
職員増だけが解決策ではないものの、人的な制約が大きければ精度向上にも限界がある。総務省は一部統計を民間に委託するが、委託できる統計には限りがある。
予算も増えない。失業率などの基幹統計を抱える総務省の担当者は「統計は予算確保の優先順位が低くなりがち」と指摘する。消費動向を調べる同省の家計調査も単身世帯の増加で調査世帯の見直しが急務だが、予算の制約がこれを阻む。
日本では戦後間もない1947年に統計法ができ、以来、統計は国や自治体の政策を決める判断材料になってきた。少子高齢化など社会が大きく変革するなかで人口や雇用、消費や企業活動などの動向をはかる統計の精度向上は不可欠だ。統計の揺らぎはデフレ脱却への正念場を迎える政府と日銀の政策判断を誤らせる可能性もはらむ。
世界でも公的統計を含むデータは重要性を増している。データの集計・管理の覇者が世界を動かす時代。統計改革の遅れは政策の方向性に影響を与え、日本経済の競争力低下にもつながりかねない。(中村結)
2018年11月13日 1:30 「日経新聞」
日本の現状を映す統計を巡り、内閣府と日銀が綱引きしている。国内総生産(GDP)など基幹統計の信頼性に日銀が不信を募らせ、独自に算出しようと元データの提供を迫っているのだ。内閣府は業務負担などを理由に一部拒否しているが、統計の精度をどう高めるかは、日本経済の行く末にも響きかねない大きな問題をはらんでいる。
「基礎データの提供を求めます」。10月11日、政府統計の改善策などを話し合う統計委員会の下部会合で、日銀の関根敏隆調査統計局長は内閣府の統計担当者に迫った。
統計委のGDPに関する会合は喧々囂々(けんけんごうごう)の議論が続く。中心テーマは内閣府が発表するGDPの精度だ。GDPは様々な統計を合成して作る「2次統計」で、元データの合成方法は非常に複雑だ。
日銀はこうした統計への不信を募らせ、原データなどを確認して自ら合成を試みたいと訴えている。だが、内閣府は「業務負担が大きい」などと反論。要請に応じて一部データを提供したものの決着は付いていない。
日銀の不信には一定の根拠がある。例えば厚生労働省が毎月まとめる賃金に関する統計。今年1月に統計手法を変えたところ前年同月比の伸び率が跳ね上がった。これには専門家から異議が噴出。統計委員会でも俎上(そじょう)に載り、この賃金データを基にまとめる内閣府の報酬統計も修正を迫られた。
日銀は早くから厚労省統計の賃金の異常な伸び率に着目し、7月の経済・物価情勢の展望(展望リポート)では統計方法変更の影響を除いた数字を採用した。経済実態を正確に映すために、GDP統計も合成比率を見直すべきだとの立場だ。関根氏は「消費増税前後の成長率の振れは内閣府の発表より小さかった」などとする検証結果も示し意見を戦わせている。
「1次統計の精度向上が最優先だ」。第一生命経済研究所の新家義貴氏はGDPの精度向上が重要課題だとした上で、その基となる統計の見直しをおろそかにすべきではないと指摘する。1次統計とは企業や消費者などから直接データを集めて作る統計のこと。2次統計であるGDPの揺らぎは1次統計の精度の問題をはらむ。
だがこうした議論がむなしく感じるのが、今の日本の統計作成現場の実態だ。総務省によると、日本の統計職員は今年4月時点で1940人。前年比で2%増えたものの09年比では半減した。
農林水産省で統計職員の算入方法を変えた影響も大きいが賃金データの正確性に疑問を持たれた厚労省も1割超減った。厚労省が国会に示した裁量労働制に関するデータが不適切だった問題も「統計に詳しい人材が足りなかったため」との指摘が漏れる。内閣府が業務負担を理由に日銀へのデータ提供を拒むのも無視できる状況ではない。
各国に比べ日本の統計人員は少ない。政府の統計改革推進会議が昨年まとめた統計機関の職員数は米国が1万4000人超に上る。人口が日本の半分程度のフランスも2500人超、カナダは約5000人だ。
職員増だけが解決策ではないものの、人的な制約が大きければ精度向上にも限界がある。総務省は一部統計を民間に委託するが、委託できる統計には限りがある。
予算も増えない。失業率などの基幹統計を抱える総務省の担当者は「統計は予算確保の優先順位が低くなりがち」と指摘する。消費動向を調べる同省の家計調査も単身世帯の増加で調査世帯の見直しが急務だが、予算の制約がこれを阻む。
日本では戦後間もない1947年に統計法ができ、以来、統計は国や自治体の政策を決める判断材料になってきた。少子高齢化など社会が大きく変革するなかで人口や雇用、消費や企業活動などの動向をはかる統計の精度向上は不可欠だ。統計の揺らぎはデフレ脱却への正念場を迎える政府と日銀の政策判断を誤らせる可能性もはらむ。
世界でも公的統計を含むデータは重要性を増している。データの集計・管理の覇者が世界を動かす時代。統計改革の遅れは政策の方向性に影響を与え、日本経済の競争力低下にもつながりかねない。(中村結)