去る6月7日、サントリーホールで「ギドン・クレーメルとリュカ・ドュバルグ デュオ・リサイタル」聴いてきました。
ヴァイオリンの巨匠であるクレーメルはラトビアのリガ生まれ。
モスクワ音楽院では大ヴァイオリニストであるダヴット・オイストラフに師事し、パガニーニ国際コンクールやチャイコフスキー国際コンクールでも優勝を果たしています。
アルゲリッチら世界的な音楽家とのコラボレーションも多く、まさに世界をけん引している音楽家と言えるでしょう。
私事ではありますが、とってもむかーしオランダアムステルダムのコンセルトヘボゥという素晴らしいホールで、クレーメルの演奏会を聴いたことがあります。
・・思うに20数年ぶりかも知れません・・・。
さて、この巨匠であるクレーメルが是非に・・と共演を申し込んだのが昨年開催されたチャイコフスキー国際コンクールで入賞を果たした(しかしまた4位に甘んじたところに物議を巻き起こした・・)リュカ・ドュバルクという1990年生まれのピアニスト。
色々書き始めたらキリがありませんので、この演奏会のプログラムの中から引用しておくことに致します。
ちょうど1年前の2015年6月まで、音楽界でリュカ・デュバルクという名前を知っている人間は、ほんのわずかしか存在しなかった。子供の頃からコンクールに参加していたわけでもなく、ましてや20歳になるまでピアニストになる意志すら持ち合わせていなかったというドュバルグ。そんな彼が、昨年開催された第15回チャイコフスキー国際コンクールに出場し、第一次審査でラヴェルの≪夜のガスパール≫を演奏したとたん、会場に大きな衝撃が走った。(略)ピアノ音楽史上最も演奏困難な曲の一つとして知られる≪夜のガスパール≫を見事に弾ききったばかりか、その鬼気迫る表現力は既にプロの域に達している。(略)
チャイコフスキー国際コンクール終了後、それまで無名の存在だったドュバルグの素顔が徐々に明らかになり始めると、今度は彼の異色の経歴に驚嘆の声が上がり始めた。11歳という遅めの年齢でピアノを始めたにも関わらず、インターネット上に存在するピアノ曲の音源を聴きながら膨大な数のレパートリーを(鍵盤に触れることなく)学んでいったこと。17歳から20歳までの3年間、ピアノに全く触れていなかったこと。大学在学中は文学と映画に熱中し、高名なピアノ教師レーナ・シェルシェフスカヤと出会うまで、本格的にピアニストを目指す意思が全くなかったこと。チャイコフスキー国際コンクール応募を決意するまで、自分のピアノを所有していなかったこと。コンクール入賞を目指し、幼い頃から日夜練習を積み重ねているピアニストの卵たちから見れば、卒倒しそうな経歴だ。(略)
ドュバルグによれば、ピアノの練習で最も重要なのは、出来るだけ多くの時間を鍵盤の前で過ごすことではなく、楽譜を常に持ち歩き、文字通り寝食を共にするような状態で楽譜を読み耽り、その楽曲のもっとも至難な部分を構造的に把握していく「インサイド・リスニング」なのだという。そうした「インサイド・リスニング」の練習法を、ドュバルグはシェルシェフスカヤから直接学んだ。他のピアニストが運指練習に多く時間を割いているという話を聞くと、大きな違和感を覚える。なぜなら、曲に対する情熱を失ってしまうから。(略)
11歳で音楽を学び始めたドュバルグですが、その後(17歳)ピアノをやめ、パリ第7大学で理学及び文学の博士号を取得しました。
文学、絵画、映画やジャズに関しても情熱を持っているというドゥバルク・・ここに彼の音楽がどのような世界に裏打ちされているのかということに思いを馳せることが出来ますね。
帝王とも呼ばれる指揮者ゲルギエフ(チャイコフスキー国際コンクール組織委員長)、あるいはフェドセーエフやギドン・クレーメル等から著名なオーケストラやアンサンブルの共演者として招かれています。
またコンクール全部門参加者の中で唯一、モスクワ音楽評論家賞を受賞しています。
因みに、チャイコフスキー国際コンクールはピアノ部門ばかりでなく、声楽や弦楽器などもありますが、これら全ての部門を通しての第1位は、なんとモンゴル出身の声楽家。
滔々とうたうその大らかさや高貴さは、素晴らしいものでした。
私達は、人として何を大切と思って生きてゆくべきなのか。。
そしてこれらのことは何を語っているのでしょうか?
文章の中にこうあります。
「賛否両論のチャイコフスキー国際コンクール審査結果、これまで当たり前とされてきたピアノ教育の常識を完全に覆す経歴」
国家の威信さえかけ、さまざまな思惑の渦巻く中、それでも果敢に其々の思いを胸にコンテスタントたちはコンクールに挑みます。
決して甘いものではありません。
生死をかけている・・とさえ言えるのではないかと思ってしまいます。
音楽への新鮮な情熱を失わないために、あえて弾かない(シルクハットの中で指を動かしていたという話も読んだことがあります)・・そんなピアニストもいたそうです。
おそらくレコードやCDが普及し、傷のない演奏、表面的な美しさへの関心・・・裏返せば深い内面への無関心・・・そう言ったことがここ数十年で広く普及してしまったのかなと思ってみたり。。
その他市場経済が絡むことで、やはり「形骸化・記号化」が進んでいったのかも知れません。
市場経済が絡み、音楽が大衆に浸透してゆく過程(大衆化)は、もうショパンリストの時代にはじまっていたようです。
これは功罪表裏一体の難しい問題を孕んでいるように思われます。
ちょっとお話が難しくなってきましたね
世界的ピアニストであるアルゲリッチが音楽について「無意識の開放」と語っていたそうですが、非常に大きな深い精神性の世界なのですね。
音楽以外の分野の知識人の方が、くしくも、日本の音楽教育では哲学や思想と言ったものが足りないのではないか、、と言った内容のことを発言していらっしゃいましたが、おそらく音楽教育と言った狭義の世界ではなく、日本人全体として考えなければならないことなのかも・・・と思ってみたり
仏作って魂入れず・・・と言いますが、まず内的成長を目指すことが急務・・と思います。
目に見えないものの大切さ。
音からはこういうことが読み取れます。
・・・が、しかし、表面的な聴き方では難しい。
以前、耳が良いということは、等々書いてきましたが、人によって聴く能力の深さには大きな差がある様です。
『聴く』ということに関しては、また後日書いてみようと思います。
では今日はこの辺で~
ヴァイオリンの巨匠であるクレーメルはラトビアのリガ生まれ。
モスクワ音楽院では大ヴァイオリニストであるダヴット・オイストラフに師事し、パガニーニ国際コンクールやチャイコフスキー国際コンクールでも優勝を果たしています。
アルゲリッチら世界的な音楽家とのコラボレーションも多く、まさに世界をけん引している音楽家と言えるでしょう。
私事ではありますが、とってもむかーしオランダアムステルダムのコンセルトヘボゥという素晴らしいホールで、クレーメルの演奏会を聴いたことがあります。
・・思うに20数年ぶりかも知れません・・・。
さて、この巨匠であるクレーメルが是非に・・と共演を申し込んだのが昨年開催されたチャイコフスキー国際コンクールで入賞を果たした(しかしまた4位に甘んじたところに物議を巻き起こした・・)リュカ・ドュバルクという1990年生まれのピアニスト。
色々書き始めたらキリがありませんので、この演奏会のプログラムの中から引用しておくことに致します。
ちょうど1年前の2015年6月まで、音楽界でリュカ・デュバルクという名前を知っている人間は、ほんのわずかしか存在しなかった。子供の頃からコンクールに参加していたわけでもなく、ましてや20歳になるまでピアニストになる意志すら持ち合わせていなかったというドュバルグ。そんな彼が、昨年開催された第15回チャイコフスキー国際コンクールに出場し、第一次審査でラヴェルの≪夜のガスパール≫を演奏したとたん、会場に大きな衝撃が走った。(略)ピアノ音楽史上最も演奏困難な曲の一つとして知られる≪夜のガスパール≫を見事に弾ききったばかりか、その鬼気迫る表現力は既にプロの域に達している。(略)
チャイコフスキー国際コンクール終了後、それまで無名の存在だったドュバルグの素顔が徐々に明らかになり始めると、今度は彼の異色の経歴に驚嘆の声が上がり始めた。11歳という遅めの年齢でピアノを始めたにも関わらず、インターネット上に存在するピアノ曲の音源を聴きながら膨大な数のレパートリーを(鍵盤に触れることなく)学んでいったこと。17歳から20歳までの3年間、ピアノに全く触れていなかったこと。大学在学中は文学と映画に熱中し、高名なピアノ教師レーナ・シェルシェフスカヤと出会うまで、本格的にピアニストを目指す意思が全くなかったこと。チャイコフスキー国際コンクール応募を決意するまで、自分のピアノを所有していなかったこと。コンクール入賞を目指し、幼い頃から日夜練習を積み重ねているピアニストの卵たちから見れば、卒倒しそうな経歴だ。(略)
ドュバルグによれば、ピアノの練習で最も重要なのは、出来るだけ多くの時間を鍵盤の前で過ごすことではなく、楽譜を常に持ち歩き、文字通り寝食を共にするような状態で楽譜を読み耽り、その楽曲のもっとも至難な部分を構造的に把握していく「インサイド・リスニング」なのだという。そうした「インサイド・リスニング」の練習法を、ドュバルグはシェルシェフスカヤから直接学んだ。他のピアニストが運指練習に多く時間を割いているという話を聞くと、大きな違和感を覚える。なぜなら、曲に対する情熱を失ってしまうから。(略)
11歳で音楽を学び始めたドュバルグですが、その後(17歳)ピアノをやめ、パリ第7大学で理学及び文学の博士号を取得しました。
文学、絵画、映画やジャズに関しても情熱を持っているというドゥバルク・・ここに彼の音楽がどのような世界に裏打ちされているのかということに思いを馳せることが出来ますね。
帝王とも呼ばれる指揮者ゲルギエフ(チャイコフスキー国際コンクール組織委員長)、あるいはフェドセーエフやギドン・クレーメル等から著名なオーケストラやアンサンブルの共演者として招かれています。
またコンクール全部門参加者の中で唯一、モスクワ音楽評論家賞を受賞しています。
因みに、チャイコフスキー国際コンクールはピアノ部門ばかりでなく、声楽や弦楽器などもありますが、これら全ての部門を通しての第1位は、なんとモンゴル出身の声楽家。
滔々とうたうその大らかさや高貴さは、素晴らしいものでした。
私達は、人として何を大切と思って生きてゆくべきなのか。。
そしてこれらのことは何を語っているのでしょうか?
文章の中にこうあります。
「賛否両論のチャイコフスキー国際コンクール審査結果、これまで当たり前とされてきたピアノ教育の常識を完全に覆す経歴」
国家の威信さえかけ、さまざまな思惑の渦巻く中、それでも果敢に其々の思いを胸にコンテスタントたちはコンクールに挑みます。
決して甘いものではありません。
生死をかけている・・とさえ言えるのではないかと思ってしまいます。
音楽への新鮮な情熱を失わないために、あえて弾かない(シルクハットの中で指を動かしていたという話も読んだことがあります)・・そんなピアニストもいたそうです。
おそらくレコードやCDが普及し、傷のない演奏、表面的な美しさへの関心・・・裏返せば深い内面への無関心・・・そう言ったことがここ数十年で広く普及してしまったのかなと思ってみたり。。
その他市場経済が絡むことで、やはり「形骸化・記号化」が進んでいったのかも知れません。
市場経済が絡み、音楽が大衆に浸透してゆく過程(大衆化)は、もうショパンリストの時代にはじまっていたようです。
これは功罪表裏一体の難しい問題を孕んでいるように思われます。
ちょっとお話が難しくなってきましたね
世界的ピアニストであるアルゲリッチが音楽について「無意識の開放」と語っていたそうですが、非常に大きな深い精神性の世界なのですね。
音楽以外の分野の知識人の方が、くしくも、日本の音楽教育では哲学や思想と言ったものが足りないのではないか、、と言った内容のことを発言していらっしゃいましたが、おそらく音楽教育と言った狭義の世界ではなく、日本人全体として考えなければならないことなのかも・・・と思ってみたり
仏作って魂入れず・・・と言いますが、まず内的成長を目指すことが急務・・と思います。
目に見えないものの大切さ。
音からはこういうことが読み取れます。
・・・が、しかし、表面的な聴き方では難しい。
以前、耳が良いということは、等々書いてきましたが、人によって聴く能力の深さには大きな差がある様です。
『聴く』ということに関しては、また後日書いてみようと思います。
では今日はこの辺で~