
勝海舟の娘の疋田孝子は、熱心なクリスチャンで、子供たちも洗礼を受けています。
長女の輝子は、クリスチャンの医師で、茅ヶ崎に東洋一のサナトリュウム南湖院(なんこいん) を作った高田畊安です。
1899年1月に勝海舟が亡くなりますが、9月に奥さんのお民は、できたばかりのサナトリュウムに入院した3人のうちの一人になっています。
自分の孫娘が副院長をしている病院です。
お民は、キリスト教に、心を開いていましたが、自分が信じるというところまでいっていませんでした。
でも、勝海舟が、倒れる少し前に娘に信仰告白をしているのを知っています。
これは、私の推測ですが、熱心なクリスチャンの孫娘の病院で療養しながら、多分信仰を持たれたのではないかと思います。
そうあって、欲しいですね。
高田は、イエスという漢字に医蘇を使っていました。