まさおさまの 何でも倫理学

日々のささいなことから世界平和まで、何でも倫理学的に語ってしまいます。

島田雅彦 『虚人の星』

2015-12-21 17:28:17 | グローバル・エシックス
一昨日は 「〈憲法9条〉 を哲学する」 でてつカフェでした。

世相を反映してか珍しく生真面目な対話が交わされました。

それに向けての予習というわけではなかったのですが、

島田雅彦の最新作 『虚人の星』 を読んできました。



実は私、島田雅彦氏とは東京外国語大学ロシヤ語学科で同級生でした。

私たちが在学中に氏は 『優しいサヨクのための嬉遊曲』 で作家デビューしました。

その初期の頃の作品はよく読んでいましたが、

大学院に進学してから哲学書を読みまくらなければならなくなって、

いつの間にか島田作品からは離れてしまっていました。

ところが最近、ネットを通じてミョーにたくさん島田雅彦の名前を見かけるようになりました。

「作家・小説家の島田雅彦氏、安倍晋三総理大臣を 「歴史上最悪の首相」 と発言」

「なぜ日本の政治はこれほど 「劣化」 したのか? 幼稚な権力欲を隠さぬ与党とセコい野党 特別対談 島田雅彦×白井聡」

なんといっても 「優しいサヨク」 なわけですから、

私と政治的立場は近いだろうなあとは思っていましたが、

ここまで私の考えていることをそのまま代弁してくれているとは知りませんでした。

そして、この2つ目の記事の冒頭で氏の最新作のことが簡潔に紹介されていました。

「島田雅彦氏の話題の新作 『虚人の星』 は、
 「血筋だけが取り柄」 の首相と七つの人格をもつスパイの物語だ。
 この首相はかぎりなく 「あの人」 を思わせる。」

ね? たったこれだけ読んだだけでもなんだか面白そうじゃないですか。

これは今この時期にこそ読むべき小説ではないでしょうか。

小説は文庫本で読むのが好きでできれば文庫化されるまで待ちたい私でしたが、

こればかりは時機を逸してはいけないのでさっそく単行本で手に入れました。

タイトルの 『虚人の星』 がすでにパロディ的ですが、

登場人物の氏名や各節のタイトルなどもパロディ満載です。

登場人物のほうでいくとまず主人公は星新一ですし、その恩師は宗猛でもうそのままです。

日本側の政治家は松平、上杉、北条、織田などなど。

アメリカの政治家はハンチントンメニエルアルツハイマーで、これはもう遊びすぎ?

節のタイトルはこんな感じです。

「レインボーマン」、「心の内のドラえもん」、「みなしごハッチ」、「のび太の無意識」 等々。

これらはいずれも私たちの世代にはたまらないアナロジーですが、

それぞれひじょうに深い意味が込められているのです。

本のタイトルにある 「虚人」 という言葉は多重人格者を表しています。

スパイと首相、2人の主人公が多重人格者であることを意味すると同時に、

日本という国そのものが多重人格的であることを意味しています。

日本国憲法第9条を持ちながら、同時に世界有数の軍隊である自衛隊をも擁する国、日本。

この小説は、上記のような笑えるわかりやすいアナロジーを多用しながらも、

現代日本を取り巻く表と裏の複雑な政治情勢を意外なほどリアリスティックに描きつつ、

改憲すべきか、せざるべきか、というギリギリの選択に向けて突っ走っていきます。

先ほどの紹介文のなかで 「この首相はかぎりなく 「あの人」 を思わせる」 と書かれていましたが、

それは父も祖父も首相経験者であるという設定部分だけの話であって、

二面性をもったどちらの人格にしても、

「あの人」 よりもはるかに理知的で現実主義的な人物として描かれていました。

そう設定しないことにはまともな小説に仕上がらなかったのでしょう。

最後の結末は 「優しいサヨク」 向きのほんわかした方向性にまとめられていたので、

私の Facebook 友達の皆さんにも受け入れてもらえると思いますが、

この小説の真骨頂はそのラストの演説よりは、

多重人格を生きざるをえない日本という国のリアルを描ききったところにあると思いました。

「あの人」 もアメリカに対してヘラヘラ諂ってばかりいないで、

日本の首相として言うべきことはガツンと言うためのお手本として、

この小説を一度は読んでおいていただきたいものだと思いました。