何でもない日々

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悲しみの魔法

2023-09-21 16:45:20 | 詩はあいまいな哲学
資本主義と同じようにその巨大な体系の神託により
過ぎ去ったと称されるものは
常に人間という決して変化しない源泉から再生してくるもの。

政治学の地下の部分では
富、商業、労働、報酬に関わる諸事の分析を更新しようとされながらも、
最も長く抵抗されて、隠れたものでも判りにくいものでもないことがわかる
その評判を訂正するのは慰め半分程度に無力であった。

恐怖、憤怒、絶望、及び増悪と愛との根底を説明する道は
新しい道を発明する以外にはない。

飾り立てた百貨店に対して屋台店の為に弁ずることが出来るかと問う。
機械は労働をもの苦しく強化させながら、ついには人間を壊してしまう。
これらは人間を激昂させ、懐疑が影のように確実性に連れ添う。
私の主張に決して満足させるものを見出さないようにさせる。
私の傍らにあるものも他ならぬ地平線の幻想であった。

デカルト的に教えてくれることには
凡てについて架空的なものであるように
身体の動きに依って情念や感動の分析をすること。

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