春満開であります。4月1日から就職した娘と毎日同じ車で通勤しています。娘の勤務地付近まで娘が運転して、そのあと私が自分の勤務地まで車で行ってます。帰りも私が運転して、娘の勤務地付近まで行って、娘が運転して帰っています。この先週くらいから、娘の仕事が終わるのが遅く、9時ごろになります。それまで私もしたくはない残業をしております。お陰で帰宅したら、10時前。けっこうこの時刻の帰宅は辛いです。まあ娘とこんな形で出勤することもないだろうから、それはそれで親父としては、楽しいことかも知れません。しかし新任はつらいですねえ。自分も四半世紀まえのことを思い出しました。
さて、今回はブラームス。二重協奏曲です。ダブル・コンツェルト。ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲イ短調作品102。友人が西宮で佐渡裕さんのコンサートで聴いたということを聴いて、のことです。ふたつの楽器のよる協奏曲というのは、バロックの作品ならけっこう見ることができますが、この時代ではどんなもんでしょうか。ヨハネス・ブラームスが1887年に作曲したもので、ブラームスによる管弦楽作品としては、最後のものとなりました。ヴァイオリニストのヨーゼフ・ヨアヒム、チェリストのロベルト・ハウスマンのために作曲されたもの。このころ、ヨアヒムとブラームスは、その関係が悪化されていたため、この作品をつくって関係改善をはかったといわれています。ブラームスのヴァイオリン、ピアノ、の協奏曲と4つの交響曲とならんで、ブラームスの管弦楽曲のほんとに名作であります。
この二重協奏曲の演奏、なんと言ってもこれです、というのは、ダヴィット・オイストラフのヴァイオリンととムラティスラフ・ロストロポーピッチのチェロ、それをジョージ・セル指揮のクリーブランド管弦楽団による演奏。1969年の録音です。この演奏は、私がちょうど音楽を聴き始めた頃に発売されていたもの。ちょうどカヤランとリヒテル・オイストラフとロストロポーピッチのよるベートーヴェンの三重協奏曲が発売され、ダブルとトリプル、豪華なソリストによるものとして話題になりました。LPのジャケットの写真が、セルを中心に左右にオイストラフとロストロポーピッチが腕を組んでいるもので、けっこう印象深いものでした。
さてさて、この演奏ですが、まず、セルとクリーブランド管。このコンビの最晩年のものですが、この緊張感と音楽の凝縮力は、すごいですね。セルのブラームス、その昔3番をLPで買ってよく聴いてました。ここでの演奏も贅肉をそり落としたストイックな美しさと厳しさにあふれています。オイストラフのヴァイオリンも艶っぽくてこの曲のねっちこいところがよく示しされています。そして、それ以上に好ましいのが、ロストロポーピッチのチェロであります。情感に満ちたチェロで、ブラームスの旋律をよく歌っています。このヴァイオリンとチェロとオケの三者が融合したり、せめぎ合いをしたりの展開がこの曲の無二の名演に昇華させています。だだ、少々音色の明るさが気にはなりますが、アメリカのオケということで…。第1楽章、出だしは大雑把な印象なんですが、次第に曲の展開に耳が奪われ、二つの楽器とオケのバランスがいい。スケールの大きなブラームスが展開される。第2楽章、最初のテーマがいい。チェロによってむせび泣くメロディが好きです。チェロが実に雄弁。それに呼応するようなヴァイオリンも美しい。両者にオケが加わる世界は、うっとりさせられます。そして第3楽章、終楽章らしい高揚感がみなぎる。冒頭のチェロとヴァイオリン、これをオケが受けての展開は他に代え難い緊張感をもつ。流麗ではないが、ゆったりと、またこってりとしたところが随所に感じながら曲は進み、鋭い切れ味を印象つけての終結となります。なんとも、いい曲いい演奏でありました。
しかし、どうもこの演奏の録音については、印象はよくありません。私のCD、音が重なり合ったときがどうも鮮明ではありません。それが残念。加えて、現在、このCDは、カラヤンとリヒテル・オイストラフ・ロストロポーピッチによるベートーヴェンの三重協奏曲とのカップリングになっており、ジャケットも、カラヤンと三人の写真、リヒテルが著しく不満を述べているもの、となっています。やはり、セルと二人が腕を組んでいる往年のものがいいです。このジャケットが復活してほしいものです。今回の写真はこっちの方をネットで探してきて使いました。
(EMI CDM 7 64744 2 1993年 輸入盤)
さて、今回はブラームス。二重協奏曲です。ダブル・コンツェルト。ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲イ短調作品102。友人が西宮で佐渡裕さんのコンサートで聴いたということを聴いて、のことです。ふたつの楽器のよる協奏曲というのは、バロックの作品ならけっこう見ることができますが、この時代ではどんなもんでしょうか。ヨハネス・ブラームスが1887年に作曲したもので、ブラームスによる管弦楽作品としては、最後のものとなりました。ヴァイオリニストのヨーゼフ・ヨアヒム、チェリストのロベルト・ハウスマンのために作曲されたもの。このころ、ヨアヒムとブラームスは、その関係が悪化されていたため、この作品をつくって関係改善をはかったといわれています。ブラームスのヴァイオリン、ピアノ、の協奏曲と4つの交響曲とならんで、ブラームスの管弦楽曲のほんとに名作であります。
この二重協奏曲の演奏、なんと言ってもこれです、というのは、ダヴィット・オイストラフのヴァイオリンととムラティスラフ・ロストロポーピッチのチェロ、それをジョージ・セル指揮のクリーブランド管弦楽団による演奏。1969年の録音です。この演奏は、私がちょうど音楽を聴き始めた頃に発売されていたもの。ちょうどカヤランとリヒテル・オイストラフとロストロポーピッチのよるベートーヴェンの三重協奏曲が発売され、ダブルとトリプル、豪華なソリストによるものとして話題になりました。LPのジャケットの写真が、セルを中心に左右にオイストラフとロストロポーピッチが腕を組んでいるもので、けっこう印象深いものでした。
さてさて、この演奏ですが、まず、セルとクリーブランド管。このコンビの最晩年のものですが、この緊張感と音楽の凝縮力は、すごいですね。セルのブラームス、その昔3番をLPで買ってよく聴いてました。ここでの演奏も贅肉をそり落としたストイックな美しさと厳しさにあふれています。オイストラフのヴァイオリンも艶っぽくてこの曲のねっちこいところがよく示しされています。そして、それ以上に好ましいのが、ロストロポーピッチのチェロであります。情感に満ちたチェロで、ブラームスの旋律をよく歌っています。このヴァイオリンとチェロとオケの三者が融合したり、せめぎ合いをしたりの展開がこの曲の無二の名演に昇華させています。だだ、少々音色の明るさが気にはなりますが、アメリカのオケということで…。第1楽章、出だしは大雑把な印象なんですが、次第に曲の展開に耳が奪われ、二つの楽器とオケのバランスがいい。スケールの大きなブラームスが展開される。第2楽章、最初のテーマがいい。チェロによってむせび泣くメロディが好きです。チェロが実に雄弁。それに呼応するようなヴァイオリンも美しい。両者にオケが加わる世界は、うっとりさせられます。そして第3楽章、終楽章らしい高揚感がみなぎる。冒頭のチェロとヴァイオリン、これをオケが受けての展開は他に代え難い緊張感をもつ。流麗ではないが、ゆったりと、またこってりとしたところが随所に感じながら曲は進み、鋭い切れ味を印象つけての終結となります。なんとも、いい曲いい演奏でありました。
しかし、どうもこの演奏の録音については、印象はよくありません。私のCD、音が重なり合ったときがどうも鮮明ではありません。それが残念。加えて、現在、このCDは、カラヤンとリヒテル・オイストラフ・ロストロポーピッチによるベートーヴェンの三重協奏曲とのカップリングになっており、ジャケットも、カラヤンと三人の写真、リヒテルが著しく不満を述べているもの、となっています。やはり、セルと二人が腕を組んでいる往年のものがいいです。このジャケットが復活してほしいものです。今回の写真はこっちの方をネットで探してきて使いました。
(EMI CDM 7 64744 2 1993年 輸入盤)
一方のベートーヴェンのは予約販売で購入しました。曲自体知らなかったのですが、豪華な演奏家だからと店員に薦められまして・・・。
ドッペル・コンチェルトを初めて聴いたのはパールマンとロストロポーヴィチ、ハイティンク指揮のEMI盤でした。FM放送で聴いたのですが、第1楽章の強力な出だしと、終楽章の旋律が印象的でした。
その後、バーンスタイン指揮のクレーメル&マイスキー盤なども聴きましたが、やっぱりセル盤がエエなぁと思います。オイストラフの肉厚のヴァイオリンの音が気に入っています。ロストロポーヴィチも絶好調の時でした。名盤と思います。
四国伊予路もすっかり春です。新しい年度が始まりました。久しぶりに自宅に戻って、呑気な生活を送っております。ご無沙汰しておりました。