mokoangelの青島日記

夫との7年間の中国留学を終え7月に帰国しました
これからの日本での生活を模索中です

北京旅行②~景山公園&北海公園

2009-05-25 22:28:27 | Weblog

ツアーの車がホテルに帰り着いたのは、まだ4時頃でした。
夕飯には早いので、昨日行けなかった”景山公園”と”北海公園”に行くことにしました。


この”景山公園”は現在の西城区、故宮の神武門の向かいにある。元代には大都城内にある土山にすぎなかったが、明の永楽十四年(1416)、宮殿を建築するために、元代の宮城を取り壊し、紫禁城の護城河を掘った時に出た残土を積み上げて造り、万歳山と名付けた。山の下には石炭が埋蔵されているともいい、「煤山」という俗称もある。崇禎十七年(1644)、李自成の軍が北京に攻め入り、崇禎帝は宮城から逃げ出し、煤山で自死した。清の順治十二年(1655)、名を景山と改めた。景山には五つの山があり、それぞれの頂に亭が建てられている。

此処では素敵な出会いがありました。
夫が入場券を買っているのを待っていると、日本語が聞こえてきました。
北京では日本人は珍しくないのであまり話しかけないでいたのですが、何となく「日本からいらっしゃいましたか?」と声の主に話しかけました。
「はい、そうですが、夫は上海で仕事をしています」とのことです。 
「折角ですから、一緒にまわりましょうか?」と言うことになり、この後の”北海公園”迄、共に楽しい2時間余りを過ごしました。
お二人の了解を得て、写真もアップします。

       
話しているうちに、彼女が今住んでいる所が福岡の久留米市だと言うことが分かり益々話は盛り上がりました。


夫とMご夫妻が眺めているのが、昨日回った”故宮”です。 
本当に広大な建物です。


途中で覘いたお堂には綺麗なお顔の仏様が・・・。 「ここの仏様は着物を着せられているんだなぁ!?」夫の声がしました。


頂上にある建物ですが、アングルも考えずにパチリ!
失敗作ですがこれしかありません。
この後も沢山の写真を撮ったのですが、疲れが出ていたのかアップできるようなのがありませんでした。

ここでも出会いが、私たちが大声で日本語で話していたのが聞こえたのでしょう、可愛い女学生が話しかけてきました。
「何処の学生さん?」 中国で話しかけてくる人は必ず日本語が話せて、少しでも私たちとおしゃべりをしたいからなのです。

彼女は山東大学で日本語を学んでいる4年生とのことでした。
「では、もう卒業ですね。 お仕事は?」「日本へは行きたいですか?」
やはり今の中国はかなりの就職難のようでした。
「また、何処かで会えたらいいですね!」  
いつも思うのですが、日本語を学んでいる学生は皆真面目で一生懸命です。
日本語を活かせる良い就職が見つかりますように!!!

次は”北海公園”です。 少々疲れ気味で、何を見物したのやら・・・。
この二つの公園は、教科書にも度々出てくる名所です。
是非見ていらっしゃいと言われた”九龍壁”も見ることができませんでした。

 北海公園は霊山(瓊華島)、秀水(北海)、白塔で知られる王室御園である。瓊華島にある白塔は1651年に建てられ、高さは35.9メートル、その土台はレンガと石で築かれた須弥座である。うっそうと生い茂る松柏の間に殿と閣が林立し、これらの殿や閣は水際を通る回廊でつながっている。。
仏教建築が並び、白塔山に建つ清の順治帝が建造したチベット式仏塔「白塔」が目
を惹く。白塔の南側にはチベット仏教寺院「永安寺」がある。島の北側にも全長300mの回廊「長楼」や宮廷料理の名門「仿膳飯荘」などがある
北部湖畔地区には清皇帝の書斎であった庭園「静心齋」、皇族が釣りや月見を楽しんだ石造りのあずま屋「五龍亭」、9体の龍が描かれた鮮やかな巨大レリーフ「九龍壁」等、乾隆帝時代を偲ばせる建造物が多い。
夏は湖に舟を浮かべ、冬はスケートをすることができる。公園南門の西側にある団城は、北京城の中の城であり、団城の真中に承光殿があり、城台の上に金代に植えたマツの木があり、現在まで800余年の歴史がある。




食事時になったので、説明にもあった宮廷料理のお店に行きました。
お店の前では昔ながらの衣装をまとった店員さんが”歓迎の意”を表してくれますが、疲れていたことと、以前食べた事のある夫の言葉で今一興味が湧きませんでした。  予定通り”北京ダック”を食べに行くようにした私たちは、王府井の屋台で食事をするというR夫妻とここでお別れしました。

後で後悔しましたが、折角の機会でしたから此処でしか食べられない”宮廷料理”を食べておくべきだったと思います。
メニューは写真のほかにもあって、十数品あるようでした。


”北京ダック”と言えば、「全聚徳」です。夫が案内してくれたのは王府井にある本店です。
この日も4階まで全て満席と言う人気のお店です。

”吊るし焼き”と”蒸し焼き”の2種類の北京ダックがありますが、此処は吊るし焼きです。


焼きあがった北京ダックはお客の目の前で切り分けてくれます。


切り分けられたお肉をクレープのような物の上に置き、葱や好みの野菜と一緒に好みのタレかけ、巻いて食べます。

外の皮がパリッとしてしっかりとした味付けはなかなか美味でした。


しかし、お値段(二人で税込み420元)も、中国にしては高いほうで、大連でも美味しい北京ダックを食べさせてくれる店があるとの事で、「宮廷料理」にしておけば良かったかな!?と思ったのでした。

明日は念願の”万里の長城”です













北京旅行②~居庸関長城;明の十三陵

2009-05-24 16:31:25 | Weblog

第二日目です。
この日は本来なら私たちが「万里の長城」と呼んでいる「八達嶺の長城」に行くはずでした。  
ところが夫がホテルに紹介されて参加したツアーはこの「居庸関長城」見物ツアーだったのです。 (それと分かったのはツアーも終わろうとしている頃でした。)
ホテルが作ってくれた弁当を持って迎えの車に乗り込んだのが5時50分。 あちこちホテルを回って集まったのは私たちを入れて8名(イタリア人3,インド人1,スイス人1,不明1かな?)でした。


「居庸関長城」とは
八達嶺長城の手前にある最も渓谷の狭まった関所に造られた明代の長城。
北方からの外敵に対しての防衛の要所として特に重要視されており、近くには見張りのための砦も整備されている。
長城の傾斜もほかの長城に比べかなりきつく、そのぶん登り終えたときは、何ものにも代えがたい達成感がある。
長城のほかに「雲台」といわれる関所の門の台座があり、そこに刻まれている6種類の文字は歴史的に重要な文化財とされている。

   これから一番上まで上ります。

説明文にもありましたが、ここは傾斜がとてもきつく、すべて階段になっていました。
その階段の高さが一定ではなく、高いのでは30cmほどもあるのです。
上っては休み、上っては休み、最後まで上り終えました。



下りて来ると、画文字を書いているおじさんが居ました。
次女が1月に遊びに来て旅順を観光した時に”画文字”を見つけて、欲しいといったのですが、真冬の事で観光客が少なく閉店状態でした。

早速書いて貰う事にしました。 1枚35元です。  
お決まりの値段交渉を夫がしましたが断られました。
そこで私が「おじさん、3枚で100元はどう?」 交渉成立です。

”秋吉順子” ”松井舞” ”秋吉素子” で、御願いします!!!
夫は全く興味がありません。  興味のある方はどうぞご連絡下さい。
又何処かで見つけて書いて貰います。  日本ではもっと高いと思います。

           
                           
できました”秋吉素子”



次は「明の十三陵」です。
北京から北西へ50kmに位置する明朝時代の13人の皇帝の陵墓です(1369年~1644年)。霊廟は完璧に保存されており各皇帝の共同墓地であることを裏付けています。長陵定陵昭陵の3ヶ所と参道の神道のみが、一般公開されています。

入り口広場

私達が見物したのは”定陵”のみでした。
本来なら地下の墓陵も見物できるのですが、当日は工事中ということで、残念でした


奥に見える高い建物の地下に棺が安置されているようです。



展示室では昔ながらの女官?の衣装をまとった美しい女性が出迎え、質問に答えてくれました。


凄い刺繍が施された衣装。 今でもとても綺麗でした。


           金の王冠

他にも沢山の展示物がありましたが、写せなかったりピンボケだったりで、アップできるのはこの2点しかありません。

私の今日の目的は「万里の長城」ですから、夫に「あなたまだ行かないの?」「まだなの?」と言いながら、心は次に向いていました。
しかし、ガイドさんからはなかなか次は”万里の長城”ですの声は無く、連れて行かれるのは「翡翠館」「真珠館」「絹の館」だったり・・・。
とうとう痺れを切らして夫にガイドさんに尋ねて貰いました。

ところがです、ガイドさん曰く「最初に行ったのが”長城”ですから、今日はこれで帰ります」
えっ!?”長城”には違いないでしょうが、私の行きたかったのは違う”長城”なのです。

夫に不満をぶつけます。「どうしてもう少しきちんと聞かなかったの?」
仕方が無いので改めて明日出直すと言う事にしました。
1度行った事のある夫は「あまり変わらないよ!」と、予定通り行動したかったようでしたが・・・。

やはり、中国ではきちっと最後まで確認が必要です。
少ししつこい位に納得がいくまで説明をして貰う必要があるのです。
お人好しで楽観主義の夫には一番苦手なことです。

後で偶然に分かった事ですが、”明の十三陵”と”八達嶺の長城”で一人200元足らずで行けたツアーもあったそうなのです。 私たちのツアーは300元です。

「企業とタイアップしたツアーじゃないの!?」
考えたくない事ですが、何だか騙されたような気がしてきました。


でも心配です。 あの外人さんたちはあれが本当の”万里の長城”と思っているのではないでしょうか!?


絹の館で。

繭玉を水に浸けて、蚕を取り出し広げる(水の中でも蚕は生きていてもがいていました)


広げて乾かした絹で、布団をつくります。綿のように見えるのは全部絹です。(私たちのツアーの人たちも体験しました)

この体験は良かったです。
絹の布団は
薄くて軽くて、綿や羽毛のように叩いても埃が立ちません。
何れ欲しいなぁと、思っています。

嫌な思いも残りましたが、計画していなかった”居庸関長城”に上れたし、「良かった!」と言う事で、ホテルに帰り着きました。

又此処で一つ問題が・・・。
朝慌てて出て行ったので、私は帽子をイスの上に置き忘れて行ったのでした。
きっとクロークに届いているよね!と、楽観的に考えていたのですが、届いていませんでした。
こんな大きなホテルなのに!?  

置き忘れた方が悪いのです。此処は日本ではなく、中国でした。

                                      続く


寝込んでいました!

2009-05-22 22:42:46 | Weblog
先週の土日に高熱が出ました。 
日曜は震えが来るほどで、意識朦朧!
風邪かな?と思っていましたら、尿道炎の熱でした。
今までも、疲れが溜まると時々出ていましたが、発熱した事は無く、薬を飲むと直ぐに治っていたのです。

夫の献身的な看病のお陰で大事には至りませんでしたが、全く食欲がなくなり、酷い頭痛がし、ベットから起き上がることが出来ません。
寝ていても、身の置き所が無く唸りながらベットの上をゴロゴロ転がっていました。

せめてもと、夫の腕に縋りながら「按摩」に行きました。
少し効果があったのかなぁ!?
木曜日位から起き上がることが出来るようになりました。

と言う事で、学校も1週間お休みしました。
来週から登校できるように、リハビリしています。

ブログがなかなか更新されないのを心配して下さった皆様、もう大丈夫です。
また、ボチボチ頑張りますので、覘いて見て下さい。

北京旅行①

2009-05-16 00:16:32 | Weblog

[第一日目]
大連空港→北京空港→台湾飯店(ホテル)→天安門広場→故宮博物館→ホテル

大連から1時間足らずで北京に到着です。
夫が予約していたホテルは「台湾飯店」と言う、4星でした。
場所は東京の銀座と言う感じの”王府井(ワンフージン)”にあり,内部のインテリアは外人観光客が多いせいか、とてもエキゾチックな感じでした。

  

さて、観光をと、一歩外に出て驚ろきました。
雪が降っているのかと見紛うように、綿毛が飛んでいるのです。
これは大変!と持参したマスクをつけて、このような出たちで観光を始めました。
でも、私以外は誰もマスクをしている人などいず、皆平気な様子でした。
中国には花粉症や喘息を患っている人など居ないのかしら!?
夫が眺めている川面には沢山の綿毛が浮いています。


  

暫く歩いて、天安門広場へ着きました。
此処で私は不思議な体験をしました。
テレビなどで見慣れている風景です。「ああ、此処があの天安門広場!?」と思うと、ふと自分だけがこの状況から離れていったのです。 
暫くはテレビの映像でも見ているような感じで、そこに集まっている人々の行動を眺めていました。
本当に不思議な感覚でした。

  
天安門に向って、左が”人民大会堂”右が"英雄記念館”です

 
天安門を入っていくと”故宮”です。
ただただ広~い!地面は全て石畳です。

ここは、世界遺産に登録されている王宮。紫禁城ともいい、明清時代の600年間、歴代皇帝がここで暮らし政務を執った。敷地内には9000以上の部屋があり、100万点の収蔵品がある。

去年訪れた瀋陽の”故宮”はとても落ち着いた感じで、ふと昔に戻ったような感覚に捉われましたが、ここは現実で、昔の人々の技術や忍耐に感心しました。

  
故宮から天安門を裏から見た感じです。
他にも沢山の写真があるのですが、割愛します。

 
私が一番感動したのは、敷地内のそこ此処に植わっている樹木です。
左の木などは磨いているかのようにつやつやしていました。
右の木は創り物ではありません。 上のほうには沢山の葉っぱが・・・。
やはり、何百年もの長い間生きてきた物の凄さは違います。


 
夫が望んでいるのは、この日の最終目的地の”景山公園”ですが、天安門から歩き続けて(夫の万歩計は優に2万歩を超えていました)、気が付いてみれば昼食も取っていません。外に出て分かったのですが、此処は”故宮博物院”でした。私達は逆から周って来たのでした。

お腹がすいて歩く気力もなくなりました。観光は取りやめタクシーでホテルへ。
私はそのままベッドに入り、ぐっすり! 夫は一人で近くで”回転すし”を食べ、私にはマックを買ってきてくれました。 中国のマックは少々ピリッとしてとても美味しかったです。


北京旅行~プロローグ

2009-05-07 00:43:18 | Weblog

天気予報が雨でしたので、出かけられないかも!?と思っていた「お花見」を無事済ませ、帰宅して暫くすると、雷交じりの大雨が振り出しました。

明日から北京だと言うのに・・・・・。  「まぁ、雨の北京も良いかも!」と思いつつも、飛行機があまり好きでない私は、「雷で、飛行機が落ちたりしないかなぁ!?」等と考えつつ眠りについたのでした。

ところが翌朝はからりと晴れた良い天気です。
飛行機に乗っている時だけでも晴れてくれれば、1日や2日雨が降っても構いません。

ところが北京の5日間、連日30度超えの良いお天気でした。
 
空港から北京市内に通じる高速道路は3車線で、一番左が90キロ、次が80キロ、右端が60キロでした。 我がタクシーは90キロ車線を猛スピードで一路北京へ。
日本も高速をこのようにすると違反や事故が少なくなるかも・・・・。

<主な観光地>
1日目~天安門広場→天安門→故宮→北海公園
2日目~コヨウカン(万里長城の一部で、関所)→十三陵→景山公園
      →北海公園     
3日目~万里長城→京劇観賞
4日目~頤和園→天壇公園
5日目~雍和宮→孔子廟→地壇公園

北京の第一印象は「とてもすっきりした大都会」でした。 初めて東京に行ったときに感じた「思ったより緑が多いのに驚き」と、同じものを感じました。

暫く経つと、そこに歴史の重みが加わりました。  観光地に植わっている樹木は全てが百何十年もの年月を経ている事を物語っていました。
 

そして、オリンピック効果で、広い道路の周りにはバラや西洋花が美しく植えられていました。 塵が散らかってないのも驚きでした。
 



病気も事故も無く、少々こんがりと焼けた姿で無事帰宅できましたが、来週、中間考査が在りますので、終わってから詳しくご報告したいと思います。


またまた、口語の「3分間スピーチ」が・・・・。  
まだ、原稿も出来ていないのです。明日から頑張って準備します。
テーマは老師が7つも提示された中から、「我対中国的印象」を選びました。



そう言うわけで、ブログも暫くお休みさせて頂きます。  再見!


花便り~お花見に行ってきました!<おまけ>

2009-05-01 23:46:44 | Weblog

中国人は何でも商売にします。 

貸衣装を着て、日本人の心に・・・・・?
 
 傘はお土産品で売ってました。 


 
頭に桜の冠を被った人が大勢歩いています。
夫は悪い人が居るものだと思ったそうですが、実はこのおじさんが
売っていた物なのですよ! 私は直ぐに造花だと分かりました。


 
このお兄さん何をやっているのかと思ったら、草の葉で動物を作って
いました。  とても素晴らしい出来栄えです。


 
地元のおばさんたちが山菜や野菜を売っていました。
他にも珍しい木の実などもありました。赤いのは人参ではなく大根の
ようでした。  ラディシュのようなもの?


 
大連市内には全く見られなくなった住居です。
中国の家には何処にもこのような張り紙がしてあります。

此処にはありませんが、どの門口にも「厠所」の張り紙がしてあります。
夫と借りに行きました。おばさんが跳んで来て、「1元!」二人で2元の
トイレに・・・何と!そこは噂に聞いていた便器も何も無い床に穴が開けて
あるだけのトイレ? 市内では出来ない貴重な体験でした。

因みに、トイレは、「厠所 cesuo ツアスオァ」と言います


花便り~お花見に行ってきました!②

2009-05-01 22:32:26 | Weblog

夫の情報は少し外れていました。
本当に見たかった「ソメイヨシノ」はもう葉桜に・・・。

 


しかし、八重桜や名前を知らない桜がまだ沢山咲いていました。
 



 


これも桜でしょうか?


       

        
  散ってしまったソメイヨシノを偲んで、此処でお弁当を食べました。


広大な敷地の中には、桜のほかに沢山の花が咲いていました。
   
 これは大きなボケでした。後の二つは何でしょうか?
 


花便り~お花見に行ってきました!①

2009-05-01 20:25:21 | Weblog

今日から10日間の休暇です。  
明日から北京に出かけますので、「今日しかない!」と、天気予報は”雨”
でしたが、何とかなるだろうと出かけました。

バスに乗って、電車に乗り換え、今度は汽車?
近くのバス停の周りにはタクシーが客を待っています。

タクシーの中にはもう客が乗っているのに・・・?
やっと分かりました。 相乗りの客を探しているのです。

「一人、20元でどうだ?」 夫は乗りたそうでしたが、私は折角だから公共の乗り物で行きましょうと、駅に・・・。何と大勢!  
切符を買いに並びましたが、係員の冷たいこと!何と言っているか分からず、列を離れて別の場所へ・・・。


それではまたバスにしようと、バス停へ、そこにも客待ちのタクシー運転手が・・・。
「一人15元!」と、言っています。 
タクシーの中にはもう親子連れの客が乗っているのですよ!

でも、ちょっと疲れてきたので、「乗る?」15元につられて乗りました!
二人30元(500円足らず)で、結構遠い所まで走りました。

着いた所は、龍王塘(ロンワンタン)と言う所です。
此処は大正時代に日本人がダムを作ってその周りに桜の木を植えたのが、今では大きな桜の園になっているのです。
右がダム、左が桜園です

入場料が必要でした(一人15元)

到着までが長くなってしまいました。
中の様子は、改めて書きます。

因みに「バス」は、「公共汽車 gonggongqiche ゴンゴンチーチャー」
     「タクシー」は、「出租車 chuzucheチュゥズゥチャー」
と言います。