イスラム組織ハマスが7日にイスラエルへの大規模攻撃を仕掛けてから、10日余りたつ。報復に走るイスラエル軍が、ハマスの拠点であるパレスチナ自治区ガザに地上侵攻する可能性が高まっている。米国のバイデン大統領の18日のイスラエル訪問が侵攻の「お墨付き」になるとの見方もある。暴力の激化に陥っていいのか。緊迫する情勢を受け、日本の支援関係者や研究者らも声を上げ始めた。(岸本拓也、木原育子)
◆ガザ出身女性との15分の通話は…
イスラエルとハマスの戦闘が続く中、中東で活動する国際NGO「日本国際ボランティアセンター(JVC)」の広報担当で、エルサレム駐在経験のある並木麻衣さん(38)に13日夕、ガザ出身の友人から悲痛なメッセージが届いた。
ガザ出身の女性からのメッセージ。並木さんが日本語に訳してメモした=並木さん提供
「愛する娘は電話の向こう側で『ママ、ここから出して!』と泣き叫んでいました。子どもたちには何の罪もない。私たちは数字じゃない。動物じゃない。人間なんです。でも誰も、私の子どもたちが殺されるのを止めてくれない」
言葉の主は、並木さんがガザで子どもの栄養失調予防事業に取り組んでいたときに知り合った40代の女性。現在はヨルダンに身を寄せているが、元夫が親権を持つ小学生から高校生の子ども4人がガザで暮らす。並木さんによると、女性は12日に子どもたちと電話で会話できたが、その後は連絡が取れなくなった。
13日に並木さんが女性と15分ほど通話した際、女性は「私は何もしてあげることができなくて気が狂いそう。子どもたちのそばにいたい。子どもたちと一緒に死ねればよかったのに」と絶望にうちひしがれた様子を見せつつも「私たちの言葉は誰も信じてくれない。でも、あなたたちの言葉なら世界は信じてくれるかもしれない。だから伝えてほしい」とガザの窮状を訴える言葉を託したという。
並木さんは翌14日、オンラインのシンポジウムで女性のメッセージを伝えた。
【ガザ出身女性のメッセージ全文】
木曜日に、奇跡的に子どもたちと電話がつながりました。
4人の子どものうち、一番上のティーンエージャーの息子は、「ママ、今までのことを許して。ごめんなさい」と泣いていて、一番下の愛する小学生の娘は、電話の向こう側で、「ママ、ここから出して!」と泣き叫んでいました。
私は何もしてあげることができなくて気が狂いそう。
こんなことなら、ガザから出なければよかった。子どもたちのそばにいたい。子どもたちと一緒に死ねればよかったのにと思っています。
どうしてガザはこうなるんでしょうか? 私たちは人間なのに。子どもたちには何の罪もない。ガザの外の人たちと同じ、人間で、母だったり父だったり、先生だったり医者だったりするのに。
アンマンでニュースを見ていても、絶望します。私たちは数字じゃない。数字で数えられるものじゃないんです。
動物でもない。人間なんです。
でも、誰も私たちのそばに立ってくれない。
こんなに狂ったことが起きているのに。私の子供たちはきっと死んでしまうんです。でも誰も、私の子どもたちが殺されるのを止めてくれない。
私の子どもたちもまた、数字で数えられるものじゃないのに。
こんな言葉も、私たちの口から出たら、誰も信じてくれません。
でもあなたなら、そしてJVC、あなたたちの言葉なら、世界は信じてくれるかもしれない。
だから伝えてほしいんです。こんなこと言ってごめんなさい。本当にごめんなさい。
でもいま、私にできることはこれだけなんです。
ガザに心を寄せるのに、イスラム教徒である必要はないんです。人間であればいいだけ。
私たちに、権利と自由のある普通の暮らしをください。
◆ガザの被害「これまでと次元が違う」
イスラエルによる地上侵攻が秒読みと言われる中、JVCエルサレム事務所駐在員の大澤みずほさん(39)はガザの市民生活に懸念を深めている。
「パンはまだ売っている店もあるようだが、全体的に水や食料が本当に不足している。『2〜3日、水を飲んでいない』と言う人もいた。退避勧告が出て多くのガザ市民が南部へと逃げているが、親戚の家に70人もの人が身を寄せているケースもある」
大澤さんはガザの住民や支援活動の協力者から、SNSを通じて情報を集める。電気は止まり、ネットも遮断され、連絡もだんだんと取りづらくなっている。SNSにメッセージを送っても「既読」とならないことも増えてきた。
17日、パレスチナ自治区ガザで爆発した病院から別の病院に運ばれた負傷者ら(AP)
ガザにはこれまで何度も空爆はあったが、「これまでとは次元が違う」と大澤さん。本来空爆が許されない病院や学校も攻撃されており、「ガザ全土で安全なところがない。人々は精神的に限界を迎えている」と危機感を表し、続ける。
「もともとパレスチナの人たちは何十年も抑圧され、世界から見放されていると感じていた。今回のハマスの攻撃は許されないことだが、イスラエル側の報復を支持する国際社会の動きを見て、ガザの人々はますます孤立感を強めている」
◆罪のない220万市民をテロ組織と同一視しないで
パレスチナとイスラエル双方の市民の犠牲がこれ以上増えないよう、JVCやピースウィンズ・ジャパン(PWJ)など、パレスチナ支援に関わる日本のNGO4団体は一刻も早い停戦を求めている。11日には日本政府も停戦に向けた外交努力を尽くすよう求める要請文を外務省に提出した。
PWJパレスチナ駐在員として9月までガザを訪れていた矢加部真怜さんは12日のオンライン会見で「ハマスの攻撃は許されない。だが、ガザにいる220万人の罪のない市民を、テロ組織と同一視して殺してはならない」と訴えた。
JVCの今井高樹代表理事は「具体的に行動しないと攻撃は止まらない。当事者や国連安保理、アラブ諸国などが歩調を合わせて調停に乗り出すよう、日本は踏み込んだ働きかけをしてほしい」と要望した。
17日、パレスチナ自治区ガザで病院が爆発した後、別の病院に到着した負傷したパレスチナ人の子どもら(AP)
ここに来て、各国の動きは慌ただしい。
バイデン米大統領はX(旧ツイッター)で「連帯を示すため」と表明し、18日にイスラエルを訪れた。
当初はヨルダンでパレスチナ自治政府のアッバス議長らと会談する予定だったが、17日にガザの病院で爆発があったことを受けて延期。人道危機回避につながる道筋は見えない。
日本政府はハマスとイスラエル双方に暴力行為の自制を呼びかけた。ただ、ハマスのイスラエル攻撃については、欧米と同じ歩調で「テロ」と非難している。
◆中東研究者「テロ強調し抑圧の歴史抜け落ちている」
緊張感が高まる中、日本の中東研究者らも17日、緊急アピールを発表した。「市民の立場から暴力の激化と人道的危機の深刻化を深く憂慮する」とし、即時停戦や国際人道法の順守、対話と交渉を通じた解決に全力を尽くすことを17人の連名で日本政府に求めた。
発表に合わせて研究者らが開いたオンライン会見では、最近の言説でハマスの「テロ」が強調され、イスラエルによるパレスチナ人抑圧の歴史が抜け落ちる傾向を危ぶむ声が相次いだ。
日本女子大の臼杵陽教授(中東研究)は「ハマスの攻撃は問題」としつつ「今のイスラエルによるガザの包囲は非常にまずい。一市民として許せない」と大きな犠牲を強いるイスラエルの報復を非難した。
早稲田大大学院の岡真理教授(パレスチナ問題)は「『暴力の連鎖』と報じられるが、暴力の根源に何があったのか、歴史的根源を無視して、暴力の連鎖と言うこと自体が暴力だ」となげかけた。
一橋大の鵜飼哲名誉教授(フランス文学・思想)も、昨年イスラエル軍によって220人以上のパレスチナ人が殺された状況に言及。「10月7日以前から(イスラエルの)攻撃があったということを間違えてはいけない」と指摘した。
国連安保理の非常任理事国で、伝統的に中東の国々と友好関係を持つ日本だからこそ、戦火を鎮める役割を求める声も続いた。
法政大の奈良本英佑名誉教授(中東近現代史)は「イギリスや米国など、中国を除く常任理事国はパレスチナ問題を起こした歴史的責任がある。そこから距離を置き、戦火をあおることはやめてと言えるのが日本の立場だ」と説いた。
お茶の水女子大の三浦徹名誉教授(アラブ・イスラム史)も1948年のイスラエル建国の歴史を振り返り、「パレスチナから見れば対立が生じた始まりだが、私たちを含めて是正することができず、見て見ぬふりをしてきた」と訴えた。緊急アピールの文面に、あえて「ハマス」「イスラエル」の言葉に触れなかった理由について「『皆にとっての問題』として考えていくためだ」と語気を強めた。
◆デスクメモ
「歯向かってきたのでせん滅する。そうした行動を抑止する国際秩序が存在しない」。イスラエルやロシアの強硬路線を念頭に、研究者の1人が会見で憂えた。確かに国際社会は有効な策を打ち出せていない。だからこそ声を上げるのは価値がある。無関心は状況を悪化させるだけだ。(北)
戦争を許してはいけない。
日本政府もこの立場を明確にする必要がある。
頑張るアジサイの花。