春の異動の季節がやってきた。
内示は午後の3時頃。すでに打診をうけている職員も含め、正式に4月からの持ち場が決まるのである。
わたしはもう少し近い職場を希望していたのだが、希望先は、マイナンバー制度のシステムを利用した税金業務を行っているときく。最近では、なにもかもパソコンで行われるようになり、いつのまにか、新しいソフト(最近ではアプリという)を使った方法に強制的に移行され、全く経験が生かされない。むしろこうしたツールに違和感のない平成生れの新人さんのほうがが習得するのも早く、作業のスピードも速い。新しいパソコンの前でオタオタするたびに”老兵は去れ!”と言われているような気がする今日このごろであった。
そんなときにまた新たな職場に異動して、新たなシステムの前でオタオタして、慣れたころには定年(あと2,3年ほど)となるのは、自他ともに辛いだけかもしれない………などと思ってもいた。
が、ふたをあければ心配に及ばず。
今年度の人事異動は、コロナ対策優先という、どんな関係があるのかよくわからない事情で最小限に抑えられ、わたしにだけでなく、同じ課の職員(まあ彼らはまだ2年目だし)にも異動のお呼びがかからなかった。
それがわかったとたん、(気のせいかどうか)、周囲にシーンと沈んだ空気が流れる。
まわりはきっと、わたしが残留なのでがっかりしたのだろうな、残業もでき、機動力のある若き職員に来てほしかっただろうなと思うといたたまれない気がしたが、こればかりは人事の仕業なのでしかたない。わたしはわたしで、あの人、この人、どっちかでも異動してくれたら救われたのに、などと心底がっかりしたのでお互い様かもしれない。
来週の31日には、退職する職員2名への花束贈呈が行われる。ずっと昔には、タクシーでお見送りという豪勢な時代もあった。あるいは、みなさんで”ロンドン橋”のようなトンネルを作り、その下をくぐっていただくという、誰が考えたのかわからない送別の方法もあった。しかし今年はすべてコロナ禍のもと、花束と色紙の贈呈、ご本人からの挨拶だけだろう。(もちろん歓送迎会はない。保健所で会食クラスターって、しゃれにもならない)。
わたしが30代のころ、定年を翌年ぐらいに控えた職員が、
「みなさん、定年なんてあっというまですよ。自分にはまだまだ先の、関係のないことだと思っていらっしゃるかもしらないけど」とつぶやいていたのを思い出す。
また、同じ年ごろの職員が、かたくなに自分の流儀を守り通し、しょっちゅう課長とやりあっていたこともあった。組織に都合よい理屈だけが正しいわけではなく、自分なりにむだや理不尽に気付き始めると、素直に上司に、”はい”とうなずきたくなくなってくるという気持ちも、彼らとほぼ同じ年齢に達した今、想像できるようになった。周りの期待通りに動かなかったのは、わざとではなく、動きたくてもからだと頭が動かなかったのではないかと思う。
融通がきかなく、突発的な出来事には対処できないが、アルコール綿で机や電話を拭いたり、弁当を注文したりという、ルーティン化された当番に関しては、人一倍忠実なのも、今のわたしと同じ、身をもって共感できるのである。
内示は午後の3時頃。すでに打診をうけている職員も含め、正式に4月からの持ち場が決まるのである。
わたしはもう少し近い職場を希望していたのだが、希望先は、マイナンバー制度のシステムを利用した税金業務を行っているときく。最近では、なにもかもパソコンで行われるようになり、いつのまにか、新しいソフト(最近ではアプリという)を使った方法に強制的に移行され、全く経験が生かされない。むしろこうしたツールに違和感のない平成生れの新人さんのほうがが習得するのも早く、作業のスピードも速い。新しいパソコンの前でオタオタするたびに”老兵は去れ!”と言われているような気がする今日このごろであった。
そんなときにまた新たな職場に異動して、新たなシステムの前でオタオタして、慣れたころには定年(あと2,3年ほど)となるのは、自他ともに辛いだけかもしれない………などと思ってもいた。
が、ふたをあければ心配に及ばず。
今年度の人事異動は、コロナ対策優先という、どんな関係があるのかよくわからない事情で最小限に抑えられ、わたしにだけでなく、同じ課の職員(まあ彼らはまだ2年目だし)にも異動のお呼びがかからなかった。
それがわかったとたん、(気のせいかどうか)、周囲にシーンと沈んだ空気が流れる。
まわりはきっと、わたしが残留なのでがっかりしたのだろうな、残業もでき、機動力のある若き職員に来てほしかっただろうなと思うといたたまれない気がしたが、こればかりは人事の仕業なのでしかたない。わたしはわたしで、あの人、この人、どっちかでも異動してくれたら救われたのに、などと心底がっかりしたのでお互い様かもしれない。
来週の31日には、退職する職員2名への花束贈呈が行われる。ずっと昔には、タクシーでお見送りという豪勢な時代もあった。あるいは、みなさんで”ロンドン橋”のようなトンネルを作り、その下をくぐっていただくという、誰が考えたのかわからない送別の方法もあった。しかし今年はすべてコロナ禍のもと、花束と色紙の贈呈、ご本人からの挨拶だけだろう。(もちろん歓送迎会はない。保健所で会食クラスターって、しゃれにもならない)。
わたしが30代のころ、定年を翌年ぐらいに控えた職員が、
「みなさん、定年なんてあっというまですよ。自分にはまだまだ先の、関係のないことだと思っていらっしゃるかもしらないけど」とつぶやいていたのを思い出す。
また、同じ年ごろの職員が、かたくなに自分の流儀を守り通し、しょっちゅう課長とやりあっていたこともあった。組織に都合よい理屈だけが正しいわけではなく、自分なりにむだや理不尽に気付き始めると、素直に上司に、”はい”とうなずきたくなくなってくるという気持ちも、彼らとほぼ同じ年齢に達した今、想像できるようになった。周りの期待通りに動かなかったのは、わざとではなく、動きたくてもからだと頭が動かなかったのではないかと思う。
融通がきかなく、突発的な出来事には対処できないが、アルコール綿で机や電話を拭いたり、弁当を注文したりという、ルーティン化された当番に関しては、人一倍忠実なのも、今のわたしと同じ、身をもって共感できるのである。