小雨の降る日だった。
地下鉄の階段を出たところで、若い男性に声をかけられた。都心の一角、商店街へと続く出口である。
「あの、すみません。○○テレビですが、急に寒くなりましたよね、そのことについてインタビューさせていただきたいのですが……」見れば○○テレビ局の腕章をつけ、名札をぶらさげた若い男性である。ずっとそこに立って、受けてくれそうな人を待ち構えていたらしい。
雨に濡れないように、ビニールにくるんだ小型のテレビカメラを抱えている。
「今、急いでいるので……」。常套句として断ることもできたが、これってもしかして街灯インタビューってやつ? とにわかに好奇心がわきがあり、つい、「あ、はい」と答える。すると、「テレビに顔が出ちゃうんですけど大丈夫ですか?」と聞いてくる。そう聞かれて一瞬ひるむが、特に差しさわることはない。平日の昼間に、都心の商店街をほっつき歩いてはいるが、有給休暇をとっているのだから顔出ししても問題ないはずだ。そもそもマスクをしているのだし、どこの誰だかわからないだろう……。
そう思い、「大丈夫です」と、ただそう答えればいいものを、何を思ったか、このわたし、
「こんな顔でよければ……」と答えてしまう。
そう言ってしまってから急に恥ずかしくなる。
なにもモデルになってくれと言っているわけでもないのに、なに勘違いしてるんだろう、このおばちゃんは……目の前の男性はそう思わなかっただろうか。それでは準備しますね、と淡々と作業にはいっているけれど、内心あきれているのではないか――。
そう思うと、ぼさっと立って用意が整うのを待っている自分が実にものほしげに感じられ、いたたまれなくなってくる。たいして長い時間ではないだろうに、間が持たなく感じられてくる。できれば、急に用事を思い出しましたなどと言って、その場を逃げ出したいが、いったん引き受けてしまったのである。そんな失礼なことなどできない。
すると、間の持たなさが伝わったのか、準備をする手をとめずに、くだんの男性が「御年齢と職業をうかがってよろしいですか」と聞いてくる。
そこで答える。「50代で、会社員です」。
ああ、今度はちょっぴりウソついちゃった。年齢を、ではない。職業を、である。休暇申請しているのだから、どこにいようとやましくはないのだが、なんで役所勤めの人間が今の時間、こんなところにいるのかと、一瞬たりとも目の前の男性に疑問に思われたくなかったのである。
ようやく準備が整い、「それではお願いします」の声に顔を前に向ける。
感染症予防のためか、マイク越しではなく、小型カメラの上に取り付けられた小さなカメラ(のようなもの)に向かってしゃべるらしい。
とんちんかんなことを言わないよう注意をはらい(もうすでにひとつやらかしてしまったし)、なるべくはきはきとした態度をとらなくてはならないと、まるで口頭試問でも受けるような高揚と緊張でいっぱいだったので、何を聞かれ、どう答えたのか、正確に思い出すことはできない。思い出せるのは、急に寒くなりましたね、の前置きに続いて、衣替えしましたか? の問いに、衣替えの習慣はないと答え(全シーズンすべてのものがタンスにしまってあるずぼらさをここでまた暴露)、部屋が暖かいままなので外の寒さに気づかなかったとか、涼しくなってほっとしたとか、コートを着てこようか迷ったとか、そんなやりとりの断片である。
時間にして3,4分といったところだろうか。
去り際にくだんの男性はお礼を言うと、
「今日の〇時からの○○という番組に、さっきのインタビューが放送されるかもしれないのでよかったら見てください」と、聞いたことのあるニュース兼情報番組名を教えてくれる。
「楽しみにしています」とわたしは愛想よく答え、うしろも振り返らずにその場を去った。
用事をそそくさと済ませ、どうでもいい買い物など省略して、その番組が始まる時間目がけて飛ぶように帰宅。家に着いたのが放送開始の実に5分前。
早速テレビをつけ録画機能をオンにする。
そして気づく。夕方から始まるこのテの番組というのはそもそも時間が長い。あの場面が何時ごろ放送されるのか、確認する余裕がなかったことに。
そこでテレビの前にはりついて待つこと1時間。ようやく話題が、本日の都心の寒さにうつってくる。ああ、くるぞ、くるぞ、とワクワクドキドキ。
まずは花柄マスクの若い女性が答える。「急に寒くなりましたよね」
そして次。「コートを着てこようかと迷いました」。ああ、そこに映るは紛れもない自分である。セリフにテロップまではいっている。時間にして3,4秒と言ったところか。すぐに次の場面に切り替わる。
あほなこと言っちゃったことを恥じ、気の利いた受け答えができなかっとことを悔やみつつも、それでも小さなサプライズとして、テレビ画面をスマホに録画撮りして、反芻して見ているのである。
地下鉄の階段を出たところで、若い男性に声をかけられた。都心の一角、商店街へと続く出口である。
「あの、すみません。○○テレビですが、急に寒くなりましたよね、そのことについてインタビューさせていただきたいのですが……」見れば○○テレビ局の腕章をつけ、名札をぶらさげた若い男性である。ずっとそこに立って、受けてくれそうな人を待ち構えていたらしい。
雨に濡れないように、ビニールにくるんだ小型のテレビカメラを抱えている。
「今、急いでいるので……」。常套句として断ることもできたが、これってもしかして街灯インタビューってやつ? とにわかに好奇心がわきがあり、つい、「あ、はい」と答える。すると、「テレビに顔が出ちゃうんですけど大丈夫ですか?」と聞いてくる。そう聞かれて一瞬ひるむが、特に差しさわることはない。平日の昼間に、都心の商店街をほっつき歩いてはいるが、有給休暇をとっているのだから顔出ししても問題ないはずだ。そもそもマスクをしているのだし、どこの誰だかわからないだろう……。
そう思い、「大丈夫です」と、ただそう答えればいいものを、何を思ったか、このわたし、
「こんな顔でよければ……」と答えてしまう。
そう言ってしまってから急に恥ずかしくなる。
なにもモデルになってくれと言っているわけでもないのに、なに勘違いしてるんだろう、このおばちゃんは……目の前の男性はそう思わなかっただろうか。それでは準備しますね、と淡々と作業にはいっているけれど、内心あきれているのではないか――。
そう思うと、ぼさっと立って用意が整うのを待っている自分が実にものほしげに感じられ、いたたまれなくなってくる。たいして長い時間ではないだろうに、間が持たなく感じられてくる。できれば、急に用事を思い出しましたなどと言って、その場を逃げ出したいが、いったん引き受けてしまったのである。そんな失礼なことなどできない。
すると、間の持たなさが伝わったのか、準備をする手をとめずに、くだんの男性が「御年齢と職業をうかがってよろしいですか」と聞いてくる。
そこで答える。「50代で、会社員です」。
ああ、今度はちょっぴりウソついちゃった。年齢を、ではない。職業を、である。休暇申請しているのだから、どこにいようとやましくはないのだが、なんで役所勤めの人間が今の時間、こんなところにいるのかと、一瞬たりとも目の前の男性に疑問に思われたくなかったのである。
ようやく準備が整い、「それではお願いします」の声に顔を前に向ける。
感染症予防のためか、マイク越しではなく、小型カメラの上に取り付けられた小さなカメラ(のようなもの)に向かってしゃべるらしい。
とんちんかんなことを言わないよう注意をはらい(もうすでにひとつやらかしてしまったし)、なるべくはきはきとした態度をとらなくてはならないと、まるで口頭試問でも受けるような高揚と緊張でいっぱいだったので、何を聞かれ、どう答えたのか、正確に思い出すことはできない。思い出せるのは、急に寒くなりましたね、の前置きに続いて、衣替えしましたか? の問いに、衣替えの習慣はないと答え(全シーズンすべてのものがタンスにしまってあるずぼらさをここでまた暴露)、部屋が暖かいままなので外の寒さに気づかなかったとか、涼しくなってほっとしたとか、コートを着てこようか迷ったとか、そんなやりとりの断片である。
時間にして3,4分といったところだろうか。
去り際にくだんの男性はお礼を言うと、
「今日の〇時からの○○という番組に、さっきのインタビューが放送されるかもしれないのでよかったら見てください」と、聞いたことのあるニュース兼情報番組名を教えてくれる。
「楽しみにしています」とわたしは愛想よく答え、うしろも振り返らずにその場を去った。
用事をそそくさと済ませ、どうでもいい買い物など省略して、その番組が始まる時間目がけて飛ぶように帰宅。家に着いたのが放送開始の実に5分前。
早速テレビをつけ録画機能をオンにする。
そして気づく。夕方から始まるこのテの番組というのはそもそも時間が長い。あの場面が何時ごろ放送されるのか、確認する余裕がなかったことに。
そこでテレビの前にはりついて待つこと1時間。ようやく話題が、本日の都心の寒さにうつってくる。ああ、くるぞ、くるぞ、とワクワクドキドキ。
まずは花柄マスクの若い女性が答える。「急に寒くなりましたよね」
そして次。「コートを着てこようかと迷いました」。ああ、そこに映るは紛れもない自分である。セリフにテロップまではいっている。時間にして3,4秒と言ったところか。すぐに次の場面に切り替わる。
あほなこと言っちゃったことを恥じ、気の利いた受け答えができなかっとことを悔やみつつも、それでも小さなサプライズとして、テレビ画面をスマホに録画撮りして、反芻して見ているのである。