TOMATOの手帖

日々の生活の中で出会う滑稽なこと、葛藤、違和感、喪失感……などをとりとめもなく綴っていけたらと思っています。

ワイワイガヤガヤ

2023年02月25日 | エッセイ
通院付き添いだの介護認定だの、ここ1年の間にわたしのブログの内容が高齢化してきた。
環境はオソロシイほどに代わり映えがしないのに、中身はじわじわと変化(多くは喪失に向かって)しているのだ。

そんなわけで、先日23日に、介護認定の代理申請をしてくれた地域包括の男性スタッフが、新しく決まったケアマネさんを伴ってやってきた。
はつらつと声の大きい4,50代の女性である。
声が大きいというのは、おそらく、耳の遠い顧客相手に日々奮闘しているのでそうなってしまったのかもしれない。
職業病とはいえないかもしれないが。
いただいた名刺も、裏を返すと、思わず「デカッ」と口走ってしまうほど大きなひらがなで彼女の名前が書いてある。
これも高齢者への配慮だろう。
その日は、ケアマネさんに介護保険に関する代理をお願いします、という契約を結ぶのが目的であった。
ケアプランの作成に至るまで、まだまだ段階があるらしい。
地域包括のスタッフが、はきはきとした声で、契約内容や重要事項説明書の趣旨を読み上げる。
利用者に対してきちんと説明しました、という実績が彼らにとっては必要なのだろう。
そのうえで、サインを父、母両方に求める。
母はひょろひょろした字体でもたつきながら書くので時間がかかる。
「ちょっとあんた、書いてちょうだい」とあっさりとわたしにペンを渡す。
それを見たケアマネさん曰く、「お父様も娘さんに書いてもらったら‥‥」と勧めるのだが、父は自分でできるとばかりに、こともなげを装って住所と名前を書いてみせる。
こういうところ、両者の性格の違いが出る。
父にしてみれば、名前ぐらいまだ自分で書けるわい!と言いたかったのだろう。
書類を作ってもらいながら、わたしは地域包括のスタッフ氏に、矢継ぎ早に、あれこれ聞きたいことを質問してみる。
父は父で、ケアマネさんに、なんだかわからないが、あれこれ講釈を垂れている。
二手に分かれて、しかも大きな声を出しているので、狭い部屋に声が充満する。

わたしとしては、できればケアプランの相談段階までいきたかったのだが、彼らの本日の到達目標は、役所に提出する書類の作成であったらしい。
10時頃にやってきた彼ら、11時から次の訪問の約束があるということで、愛想よく、しかし、せわしなく帰っていった。

次回の訪問は日曜日である。
その時にやっとこ、ケアプランの具体的な話になるらしい。
訪問介護ひとつとっても、父、母両方の持ち分を融通しあって決めたほうが、効率的にしかも経済的にまわるのだとか。
パンフレットだけからはわからないしくみについて話が聞けそうである。

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認定がおりたものの……

2023年02月18日 | エッセイ
両親の介護認定の結果が届いた。
父は要介護1、母が要支援2。
主治医の予想どおりだ。
代理申請を依頼した地域包括の担当氏に連絡すると、まずはケアマネージャーを決めて彼(または彼女)との契約を結ぶのだとか。
具体的なサービスにいたるまでには道のりが遠そうだ。
別々のケアマネージャーだと混乱して大変だというので、要支援の担当である地域包括所属のケアマネさんに一括して、依頼することにした。

さて、認定がおりたのだから、何のサービスがあるのか、真剣にパンフレットをめくる。
今までふたりでなんとかやってきたので、いざ利用するとなると、具体的に何を頼んだらよいかよくわからない。
父は湯船で腰を抜かした“前歴”があるので入浴が不安だが、ひとりで入浴できているものを、訪問介護員さんに、ガラス戸越しに危険がないか見張っていてもらうだけ、というのも妙な具合だ。
通所リハビリには入浴がついているらしいが、老人福祉施設のクラスターが意外に尾をひいていることを思うと、積極的に勧めるのも不安が残る。行かなければ感染しなかったのに……ということもあり得る。
介護保険外のサービスとして、食事の配達もあるらしいが、極端に偏食の父が食べられるものは、主食のコメと、ワカメを放り出した味噌汁ぐらいしかないかもしれない。
車がないために、歩いてほんの7,8分のクリニックに行くのにもタクシーを呼ばざるを得ず不経済なのだが、これを介護タクシーに変えたところで、経済的にはほぼ変わらないらしい。
受付や診察まで付き添ってくれるわけではなく、今のところ自分で乗降できるのだから、それなら普通のタクシーでいいじゃないの、ということになる。

 それでは、生活に不便がないか、というとそうではない。
制度そのものが、かゆいところに手が届かないのか、それともこちらの望みが細か過ぎるのか。
本格的に困ってからでは遅過ぎるとばかりに、申請を急ぎ過ぎたのか。なんだかよくわからない。
ケアマネさんとの打ち合わせは来週だ。
「通所リハってどんなものか、まずは見学してみたいわね。面白そうだったら行ってもいいし」と、カルチャーセンターに通うかのごとくちょっと盛り上がっている母の発言を聞くと、ちょっと違うんだけどな、とフクザツである。
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道案内

2023年02月14日 | エッセイ
先週、母の診察に付き添った日のこと。
外は冷たい雨……。のせいかどうかわからないが、タクシーがなかなか来ず、やってきたのは、見かけないお顔の若い男性の運転手さん。
こちらが乗りこむや否や、「よろしくお願いします!」とずいぶん礼儀が正しい。
「〇〇医院までお願いします」と言うと、少し間があく。
聞けば新人さんなのだそうで、あまりこの近所のことをご存じないという。
雨天のために、近くを走っている車が出払ってしまい、遠くからひっぱられてきたらしい。
「これから覚えますので教えてください」とこれまたさわやかに、はきはきとおっしゃる。
知らないというだけあって、腰が低く、感じもいい。
とはいえ、運転手さんが道を知らない、というのもなあ、と思いつつ、そのさわやかさと謙虚さに免じて、こっちを曲がってあっちを曲がって……と覚束なく伝える。
実はわたしも、〇〇医院までの最短道を知らないのである。
母とわたしがそれぞれに、後ろの席から、あっちこっちとごちゃごちゃ言うものだから、彼も困惑したかもしれない。
しかし、いやな顔ひとつせず、「はい、はい」と言いながら車を進める。
ようやく目的地の医院の敷地が見えると、ホッとした空気が車内に漂う。

タクシーの運転手さんに道を教えたのは初めてである。
道を知っていてあたりまえ、のように思っていたが、誰もがみんな初めは初心者。
特に、公共機関や目印になるような建物のない、似たような家がぎっしりと並んでいるような街は、呼ばれた家を探しあてるだけで大変かもしれない。
無事に着けばそれでよし。
くだんの運転手さん、「また呼んでください」とにこにこしながら去っていった。
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日脚伸ぶ

2023年02月05日 | エッセイ
春は苦手と言いつつも、こうも冷える日々が続くと、暖かくなるのが心底待ち遠しい。
が、日が長くなっているのは明らかで、夕方、自転車の鍵をあけようとすると、ふた月ほど前までは、真っ暗な中、数字を合わせるのに難儀したが、最近ははっきりと見えるようになった。
聞くところによると、日が昇る時間が早くなるよりも、日没の時間が遅くなるのが先なのだそうだ。

1年以上通い続けた句会の開催が、土曜日から木曜日にうつったことで、ほとんど参加できなくなった。
休会しようかな、と迷っていたところ、世話役の女性が、次回のお題は「日脚伸ぶ」に決まりました、とメールをくださった。
まさに今どきにふさわしいお題である。
休会の意向が揺らぐ。
宿題が出るたびに、歳時記をひっくり返し、ああでもない、こうでもない、と言葉をひねくり回し、なんとなく5.7.5にまとまったのを、しばらくあたためておく。
そして日をおいてから見直したときに、ぴったりとくる語彙と語順がまるで降ってわいたようにやってくることがあって、そういう瞬間は格別である。
作句じたいはひとりでもできるが、やはり人前にさらしたい。
先生からずばり、「この句は良くない!」と批評されるのはもちろん嬉しくはなく、帰る道々、ズドーンと落ち込みはするが、それだけに、たまに褒められたりすると、あら、すごいじゃないの、という周囲からのお世辞を真に受けて、舞い上がらんばかりの気分になるのである。

今どきは、夕方帰ると、西向きの部屋には、夕焼けの名残が部屋に満ちている。
短い時間ではあっても、そのぶん赤さが強烈で独特のすごみがある。
これを「冬夕焼け」(もう立春を過ぎてしまったが)というのだそうで、同じ夕焼けでも、微妙に語感の違う語彙を教わることのできるのも楽しみである。

以前、「やすらぎの郷」という老人ホームを舞台にしたテレビドラマがあった。
毎日録画してせっせと観たが、そのホームでは、句会が開かれていた。
わたしは手先がそうとう不器用で、施設のリクレーションにありがちな手芸や折り紙、ぬり絵などは楽しめそうになく、囲碁もあれだけ習ったのにすっかり忘れてしまった。
もしも俳句の会なんかがあったら、せめてそこにだけは居場所を見つけたい、などと心のどこかで思っている。
もちろん、認知能力や寿命がどこまでもつのか、そんな優雅な施設にはいるゆとりがあるのかどうかは、また別の話ではある。

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