箕面の森の小さな物語
(創作ものがたり NO-13)
運命の出会い (1)
「さあ 今日はどこを歩こうかしら・・・」
箕面の駅前から西江寺の裏山を上り、聖天の森からヶが原林道へ出ると、
もう初秋の涼しい風が吹いている。
渡辺まり子は今日も一人で森の散策に出かけた。
地獄谷からこもれびの森に向かう途中 東に折れて才ヶ原池で
一休みする事にした・・・
・・・今日は釣り人が一人もいないようだわね・・・ と独り言をいいながら、
少し出始めたススキの穂が数本 穏やかな風にゆっくりとなびいている。
池畔を周り、いつも座る石のベンチに向かうと・・・
どうやら先客がいるようだ。
「こんにちわ!」
「あっ こんにちわ!」
見るとまだ少年のようで運動靴に普段着の服装、棒キレを一本もった
だけの軽装です。
まり子は自分の山歩き用の完全装備スタイルと余りにも服装が違い、
思わず苦笑してしまった。
・・・どこからきたのかな・・・?
そう思ってもう一度声をかけようとして再び顔を見ると・・・
「あれ! どこかで見たような顔つき・・・?
思い出したわ・・・ 貴方と一度会ったことあるわね?」
「え! そうですか・・・?」
彼はまり子の顔をマジマジと見つめつつ首を振ってる・・・
「そうか! あれは私が見ただけで、貴方は見てないものね・・・
あれは・・・? そうだわ・・・ 奥の池じゃなかったかな?
一人で池を見てたわ・・・
こんな山の中の池で少年が一人で池を見つめているなんて・・・
どこかありえないと思ったので、印象に残っていたのよ」
「そうですか・・・ ボク、池を見るのが好きなんです」
「なんで?」
「なんでかな? だって森の中は静かでしょう・・・
でも、池には波があって揺れているし、鳥もよく飛んでくるし、
それに魚もいるし・・・
じっと見ていると、ボク一人じゃないからかな・・・」
「そうか・・・」
「あ! どうぞ・・・」
少年は端に座りなおし、まり子に座り場所を空けた。
「ありがとう! ところで貴方はいくつなの? 何年生なの?
どこからきたの? いつも一人なの・・・?」
また自分のお節介が始まったと心では思いながらも、少年に興味を持った
まり子はいつしか少年への質問を連発していた・・・
「ボク! 13です、中学一年です・・・
この山の下におばあちゃんと二人で住んでます・・・
ボク! 山が好きなんでいつも一人で歩いてます」
言葉づかいが今時の若者にない喋り方に、まり子は先ず好感を抱いて
いた。
しかし もう仕事を離れて大分経ったのに、いつまでも抜けない自分の
詮索好きに注意していたのだが、また出てしまった・・・
そう思ったとたん・・・
「そうだ! オバサンの作った卵焼き、よかったら食べて
くれない・・・?」
「 卵焼きですか・・・?」
「オバサンね・・・ 自慢じゃないけど料理作りが得意でね・・・
いつも美味しいもの作っては楽しんでいるのよ・・・
でもね、一人なので味見してもらう人がいないと張り合いが
ないでしょ・・・ だから・・・」
そう言いながらまり子は、二人の座った間にすばやく自分の今日の
お昼ご飯を並べた・・・
「わー! きれいですね・・・ 美味しそう!」
「どうぞ どうぞ! よかったら他の物も食べてみて・・・」
「いいんですか? じゃ頂きます・・・」
そう言うと少年は、先ず卵焼きから手をつけて口に運んだ・・・
「わー美味しい! 美味しいですね・・・
こんな美味しい卵焼きは初めてです・・・」
まい子は本当に美味しそうに食べてくれる少年を見ていると嬉しくなって
しまった。
「このサンドイッチも美味しいわよ」
「頂きます・・・ あ! オバさんのがなくなっちゃう」
「いいのよ! オバサンね・・・ こんなに美味しそうに食べて
くれる人は初めてなので、胸がいっぱい!
お腹もいっぱいなのよね・・・ハハハハ!」
と、なぜか泣き笑いになってしまった。
「ボク、卵焼きを作るのが得意だったんですが、
こんなに美味しいの作れないな・・・」
「ボクちゃんが作るの?」
「はい! おばあちゃんに作ってやると喜ぶんで・・・
ボク、小学校の家庭科の実習で初めて卵焼きを作ったとき、
先生に誉められたんです・・・
それからボクがご飯を作るときは玉子買ってきていつも
作るんです・・・
こんなに美味しい卵焼きが作れたらきっとおばあちゃん喜ぶ
だろうな・・・」
「そうなの! でも私のは簡単なのよ・・・ 先ずだしをこうしてね~」
それからしばし卵焼きの講習が始まる・・・
まり子はまさか少年を相手に、森の中で卵焼きの作り方を教えようとは
夢にも思わなかったが しかし、なぜか幸せな気持ちがして嬉しかった。
すると突然に・・・
「あ! 忘れるところやった・・・
すいません、おばあちゃん迎えにいくのでボク帰らなくちゃ・・・
オバさんありがとう ごちそうさまでした!」
そう言うとボクちゃんは棒キレを持つと、あわてて飛ぶように行って
しまった。
久しぶりに我を忘れて楽しいおしゃべりに花を咲かせただけに、
まり子は膨らんだ風船が急にしぼむように、この僅かな一時の現実が
まだ飲み込めないまま、心が深く沈んでいってしまった。
まり子は保険会社のエキスパートとして30年以上も第一線で働いてきた。
女子の幹部候補一期生として採用され、仕事が面白くて面白くて・・・
いろんな男性とのチャンスもあったけど仕事を選び、とうとう一人身で
定年を迎えてしまった。
お陰で箕面の山麓に新しいマンションも買えたし、蓄えもできたし、
同年輩の女性より高い年金を貰い、老後の経済的な心配はないけれど、
こうしていざ一人になってみるとなぜか無性に 淋しい、空しい といった
気持ちになってしまうときがある。
友達も沢山いるし、かつての自分のお客さまで、今も新聞やTVで活躍を
されている方々の中にも いまだに マコ マコ! と、親しく呼んでくれて
御付き合いの続いている方も多いので、自分は恵まれた人生を過ごして
きたんだといつも感謝して過ごしているのだが・・・
しかし いつも何か? 物足りない思いが消えないでいるのだった。
唯一 箕面の森を歩いている時は心が安らぎ、自然のもつ包容力が心を
癒してくれたので、森の散策はもう何年も長く続いていた。
いくら得意な料理を作っても、それをいつも美味しいと喜んで食べてくれる
人はいない・・・ 一人でそれを食べる時の空虚感は拭いきれなかった。
それだけにあの日 あの少年の美味しそうに食べてくれた笑顔が
忘れられない・・・
・・・もう一度会ってみたい・・・
まり子は週に1~2回のペースで箕面の森の一人歩きを楽しんでいたが、
いつも自分の気持ちを大切にしながら、心のおもむくままに、ゆっくりと歩い
たり、浸ったり、気を使わないマイペースの一人歩きが好きだった。
あれから森を歩くたびに キョロ キョロ と周りを見回すようになり、
いつもどこかの山の池をコースに入れるようにしていた・・・
だからそれまでのゆったりとした癒しの散策から、人探しの歩きになって
いるようで本末転倒だわね! と 笑いながらも自分の心をごまかす
事はできなかった。
いつしか秋も深まり、箕面の森も見事な紅葉につつまれていく・・・
まり子は瀧道のすごい人並みを避けて森の奥に入り込み、人のいない
絶好の穴場で一人、紅葉狩りを楽しんだりしていた。
やがて寒い北風が吹くようになると箕面の山も静かになり、鳥たちの賑や
かな歌声だけが響いている・・・ しかし、強い風が吹くと落葉する樹木が
踊っているようで、沢山の鳥の鳴き声と合わせ、まるで大交響楽団の
クライマックスのような響きにとなり、まり子はその自然の感動を味わって
いた。
やがて冬がやってきた・・・
ある寒い朝、まり子が新聞をみると、箕面の池にシベリアから
キンクロハジロが今年初飛来した・・・ との記事があったので、
その日早速行ってみることにした。
いつもの冬の山歩きの完全装備スタイルで・・・ 我ながらちょっと大げさ
な格好かなと思うけれど、何度か恐い思いをしてきた事もあり、
箕面の山は低山とはいえ、自然は決して侮れない事を体験してきたので、
これでいいのだ・・・ と、改めて納得しながら家をでた。
今日も紅茶の入った温かなポットに、いつもの特別弁当を持って・・・
箕面山麓線の白島から谷山・巡礼道へ向かうと間もなく薩摩池がみえ、
やがて大きな五藤池が見えてきた。
まり子はリュックを下ろして池畔に目をやると、先ず潜水の上手な
カイツブリが5、6羽いる・・・ その手前にはきれいなオシドリの夫婦?
がいて、先にはマガモが10数羽、波間に浮かんでいる・・・
オスの緑色の頭部が鮮やかだ・・・
この池にはいつも沢山の水鳥たちが羽根を休めている・・・
それにしても肝心のキンクロハジロはどこにいるの?
双眼鏡で眺めていると、遠方から二羽のアオサギが飛び立っていった・・・
この寒いのに、みんな元気だわね! なんて独りごとを言いながら、
双眼鏡を覗いている時だった・・・
突然後の方から大きな声がした・・・
「オバさん!」
「えっ!」
余りにも突然だったのでまり子はビックリ!
振り返るとあの時のボクちゃんだ。
「ボクちゃんじゃないの! なつかしい うれしいわ」
まり子は感情が高ぶり、思わず抱きしめたくなるような気持ちをおさえた。
「会いたかったのよ! ボクちゃんに・・・」
まり子の目からなぜか嬉し涙がこぼれ落ちる・・・
「どうしてたの? 元気だった? あれからオバサンは
ボクちゃんに会えないかなと思って、才ヶ原の池やいろんな森の
池も回ったのよ・・・
どうしてたの? 元気だった? 何かあったのかと心配してた
のよ・・・ 連絡先も分からなくてね・・・」
まり子は同じことを聞きながら、またお節介虫を発揮して、
つぎつぎと質問を浴びせていた・・・
「あ! ごめんね! オバサン一人で喋ってるわね・・・」
一度会っただけの少年なのに、何でここまで気持ちが入ってしまうのだ
ろうか?
それをニコニコしながら聞いていたボクちゃんが、それには応えずに・・・
「オバさん! これから山へ行くの?
ボクも一緒に行っていい?」
「勿論よ!」
まり子にとっては願ってもない言葉だった・・・
「オバさん 鳥を見にきたの・・・?」
「そうなの! 今日新聞でこの池にキングロハジロが越冬する
ために飛来したって書いたあったからなの・・・」
「それならさっきみんなで一緒にどこかへ飛んでいったよ!
そのうち帰ってくると思うけど・・・」
ボクちゃんは相変わらず棒切れ一本をもっただけの軽装だった・・・
(2)へ続く・・・