![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/02/30/6d091ea63e9bc6ce546605d1213715ed.jpg)
(2011.03.05 訪問)
村雲橋を渡り南院エリアに向かいます。
後ろを振り返ると南面した金堂が見えます。左手石段は唐院参道です。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/68/cc/a75c69b1ee6ef378bd2b74d2d8cd7944.jpg)
▼微妙寺
村雲橋から南に見えますこのお寺は、三井寺五別所の一寺院。
本尊 十一面観音立像(重文)像高82cm。
秘仏ですが、この日は特別開扉で拝することが出来ました。頭部が妙に大きく足
が極端に短いお世辞にもプロポーションがいいお像とはいえませんが、非常に厄
除け霊験のある人気の観音さんらしいです。
別所寺院とは、平安時代から仏法布教、衆生救済のため本寺の周辺に設けた別院
のことだそうです。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/66/aa/9c05e6638dbe972d2d3bb011cb6a7060.jpg)
▼微妙寺説明板
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5a/08/90095849551a4832c76f0945cfef9cab.jpg)
▼天台大師石像
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2d/6d/7f245e233b2e773a8f259aaf2b555661.jpg)
▼天台大師説明板
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/43/5f/ec14162f076dd988bbbeaa2b469b9f23.jpg)
▼毘沙門堂参道
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5d/d4/b97fa8318d66c2226d66c7ca5a6d0908.jpg)
▼毘沙門堂(重文)
移築を繰り返し戦後この地に落ち着いたそうです。江戸初期の建立、極彩色の小
さいながらも奇麗なお堂です。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/55/1f/c23f2b3ab708000a81dea27197228afb.jpg)
▼毘沙門堂説明板
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4c/19/25b567f16821787cb95004dfe85167a4.jpg)
▼南院エリアに入ります。石段下の表示石碑。ここから石段を登り高台へ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2c/9b/5ada7d9d8ff9eb886ce599f72c13a4da.jpg)
▼南院エリアの俯瞰
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/04/fd/e25413439a956ca00cd78dde908a6de5.jpg)
▼観音堂
正式には正法寺といいます。西国三十三所観音霊場の第十四番札所。
本尊 如意輪観音坐像(重文)。
三十三年に一度開扉、一面六臂の像形、寄木造、彫眼、漆箔像、江戸中期建立、
二層の大きなお堂です。この日も巡礼姿の多くの方々がみえていました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7f/32/0402beca70f0f7e6a97c715af82cd90d.jpg)
▼観音堂説明板
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4a/dc/9d06de7cdd924b88635624dda8879a61.jpg)
▼鐘楼
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/22/8e/a07447abb272254f6f7d28b44c2e2cf4.jpg)
▼鐘楼説明板
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/16/5a/3f4d761fbb36b4707858770141689ace.jpg)
▼観月舞台
古より観月名所として知られてきた優美な建物です。 この写真じゃ何か分かりま
せんね。スンマセン!
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/31/d5/b9fb0c10d8cb816df00e2c9443d7adcd.jpg)
▼観月舞台説明板
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/09/d8/8a588c90519186af4b1fc8b2a9e12a9e.jpg)
▼百体観音堂
中央に観音堂本尊と同じ如意輪観音像を祀り、左右に西国礼所の三十三観音像、
坂東三十三所、秩父三十四所の本尊を安置、合わせて百体の観音像を安置するこ
とから百体堂と呼んでいるそうです。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3a/d4/afad25b5cbf75d0e00d8b6deacbb9608.jpg)
▼手水舎
六角形の珍しい建物、水盆もかなりの高さです。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/18/e7/159f9e578fdd1e97b8f4c77e8baf26e2.jpg)
▼南院エリアの高台から残雪の比良山系が望めます。中央が蓬莱山、その奥が武
奈ヶ岳。だと思います。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/01/86/ab005470a2dbaf1afe5cf905eeab5aa2.jpg)
比良山系には数十年前の強烈なトラとウマがいるのです。実は死にかけたのです。
厳冬期の比良縦走を級友のマスオと冬山訓練と称して入り、それなりの装備で幅
広短寸の山岳スキー板を着け比良ロッジを出発、雪が静かにふっています、かす
かに残るラッセル跡を辿りながら北へと30分位でしょうか次第に吹雪いてきまし
た。ほとんど視界なし、突然ズボッとボクが右の新雪へ、マスオが左の新雪にほ
とんど同時に首まで埋もれました…。(以下略)
とりあえず家に帰りましたが、母親から、「お前はバカか」でオシマイ!
青春のオソマツ。チャンチャン!
▼水観寺
三井寺五別所の一寺院。江戸中期の再建。西国薬師霊場の一つ。
本尊薬師如来立像、まぢかで拝せる如来さんです。横別室にはあのとんがり頭の
宗祖円珍さんの像が祀られています。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/74/c3/881be8fef784d4d7e9d368e696355549.jpg)
▼水観寺説明板
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/58/46/dab5b9f45bac759f0ee7b51545f114a7.jpg)
▼護法善神堂(千団子社) このお堂は中院エリアです。
本尊 鬼子母神。
鬼子母神は人間の子を食する悪鬼といわれ、釈尊が彼女の子を隠したところ、非
常な嘆き悲しみようでした。釈尊が慈愛を施すと、仏教に帰依し、善女神になっ
たといわれる有名なお話がありますネ。
五月十六・十七・十八日には鬼子母神に食われた千人の子供たちの供養のため千
の団子を供え千団子祭りが行われているそうです。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1d/67/a2acae81a593a82a6fbd055ea48c78ae.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3c/2c/b5b32813111fb22102461d2bcb7cc9f4.jpg)
▼総門
南院エリアへの門だと思うんですが、ボクはこの門から三井寺を辞去しました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/35/94/935c45463b3906fe10172622e64337ae.jpg)
ボクがこの日巡れたのは、三井寺全寺域の半分ぐらいではないでしょうか。北院
エリアは全く回れてはいません。とにかく広大な寺域で見逃した塔頭寺院やお堂
は数知れずです。天台宗は山門派、寺門派と別れてはいますが、寺勢や寺域の強
大さだけでなく最澄さん渾身の天台教義は弟子筋の円仁さん、円珍さんを通じて
平安仏教の礎を築いた天台の底力を改めて見た思いがします。
比曽寺東塔その後を見ることが出来たのは満々足々、懐かしく、恐ろしい比良山
系も相変わらずそこに在りました。メデタシメデタシ。
三井寺巡りはこれにてオシマイ!