(2011.10.30訪問)
十一面観音菩薩立像特別開帳が行われている大安寺を訪ねました。今日の南都は
雨でした。シトシトと嫌な降り方ですが結構な人出です。
▼祈りの廻廊(秘宝・秘仏特別開帳)秋冬版。
奈良は今、有名社寺の秘宝秘仏特別開帳の時期を迎えています。秋冬版のガイド
が発行されています。昨年の遷都1300祭時の特別開帳規模とは若干劣りますが、
地域別のお寺情報が網羅され親切な編集になっています。伝統行事や庭園情報、
一般の方が参加できる朝のお勤め体験情報など充実した内容で、観光案内所や駅
で手に入れることが出来ます。
[ 大安寺 ]
●山号 熊凝山(くまごりさん)
●寺号 大安寺(だいあんじ)
●宗派 高野山真言宗
●開基 聖徳太子
●創建 639年聖徳太子建立の熊凝精舎が開創寺院と伝わる
●本尊 十一面観音菩薩立像
大安寺縁起
聖徳太子の熊凝精舎が舒明天皇により百済大寺として、天武天皇により高市大寺
に、そして大官大寺と改め、天武天皇の崩御後、その遺志は持統天皇、文武天皇
へと引き継がれ平城遷都とともに平城京左京に遷地され大安寺と称され、六宗兼
学の大寺院として南都にその偉容を誇りました。
▼山門。
雨の中でも、やはり十一面観音菩薩の人気なのでしょうか、参拝者が続々です。
▼山門横にまだ新しい石標。
▼墨跡鮮やか立派な寺札。
▼手水舎。
▼本堂。
境内の木々もすこし色づき始めています。
▼読経の声が聞こえています。
▼本尊十一面観音菩薩立像(重文) (写真は大安寺HPからお借りしました)
像高191cm 木造 奈良時代後期
大安寺に残る天平仏九体(重文)の一体。本尊として通常は秘仏になっています。
頭部は明らかに後補、あまりにも体部との差が目立ちますが体部との結合は見事、
お顔はやや伏し目がちですが須弥壇の厨子内にお立ちなので下方から拝すること
になり、目が合い不思議な感覚でした。
体部は時代変化か、そうとう痛々しくお気の毒。胸部瓔珞や条帛、天衣の彫りは
柔らかくまとめられているお像で、唐招提寺の諸像を思いだしました。仏師の腕
が偲ばれます。
▼大銀杏。
本堂横の大銀杏は黄色に染まる序章。葉先が黄色くなっているの見えます?
▼稚児大師。
境内の一角に弘法大師空海さん七歳像が。
▼嘶堂(いななきどう)。
このお堂に、馬頭観音立像が祀られています。
▼馬頭観音立像(重文) (写真は大安寺HPからお借りしました)
像高174cm 木造 奈良時代後期
このお像は今回非開帳。(馬頭観音立像特別公開日3月1日~31日)
▼十三重石塔。
▼小子房(写経道場)。
▼中門跡。
▼中門跡の一角に残る由緒不明の礎石。
お聞きすると中門とは関係がないそうで、どこからきたか判らないそうです。
▼大伴家持歌碑。
うつせみは 数なき身なり 山川の 清けき見つつ 道をたずねな
平城遷都後最大の官寺、大官大寺が飛鳥からこの地に移され大安寺と称し南都第
一の大寺として、六宗兼学の仏教総合大学的性格で幾多の名僧知識を輩出した名
刹。そんな大寺院も時代の波にには勝てず、往時の規模は比べようもなく、現存
堂宇はすべて新しく、天平往時の香りは残された木彫仏九体のみ。南都七大寺の
中で復興が最も遅れ、衰退したお寺になってしまったようで栄華の時期を偲ぶ術
もない今の姿は、なんとも悲しく映る大安寺でした。
美しい〆の文章に何とも云えぬ感慨にひたっております。。。
そして、何となく、雨が似合うお寺さんのような気がしてまいりました。
大銀杏、葉先が黄色く色づき初めているのが解ります。
今日も素適な記事を有難う御座いました。
※立石寺のコメント、大変失礼致しました。
匿名になっていたのですね!!申し訳御座いません。
何卒御容赦下さいませ。
このコメントもちゃんと投稿出来るでしょうか。。。
不慣れで申し訳御座いません。。。
Byミキ
ヤッパリ!なんとなくとは思ってました。
ちゃんとお名前入っていますよ。
ようこそ!お越し下さってありがとうございます。
ここしばらく、毎土日の天気の悪さ、閉口です。
毎週、雨の似合うお寺を訪ねているようで…。