(2018.02.03訪問)
世に光明寺や観音寺という名称のお寺は数多くあり、光明寺はこの宇陀近辺でも2〜3カ寺あるそうで、これから訪ねる光明寺も
その一つ。大願寺からR166線を北へ戻ること約10分、遍照山光明寺に着きます。このお寺素晴らしい山門を構えているんです。
檜皮葺きで重層楼門いわゆる上層に梵鐘を吊るす鐘楼門。「近くへ行ったら是非寄るべし」寺友Nの情報は○もあれば×もあり、
今日は○を期待して訪ねてみることにしたんです。
▼寺号標。
[ 光明寺 ]
●山号 遍照山 (へんしょうざん)
●院号 朝徳院 (ちょうとくいん)
●寺号 光明寺 (こうみょうじ) 正称 遍照山朝徳院光明寺
●宗派 融通念仏宗 (ゆうずうねんぶつしゅう)
●開基 詳細不詳
●開創 詳細不詳
●中興 永欣上人 応永十年(1403年)
●再興 法俊上人 天正十四年 (1586年)
●本尊 阿弥陀如来坐像
▲拝観料 境内自由 朱印無料
▲奈良県宇陀市大宇陀西山121 Tel.0745-83-0254
▲近鉄大阪線「榛原駅」から奈良交通大宇陀行きバスで15分、西山下車、徒歩5分
名阪国道針ICから国道369線、370号線経由約20分
▼檜皮葺きの鐘楼門。檜皮葺山門は比較的珍しく、門構えも袖塀を備えた堂々とした構成を見せていますネ。カッコいい山門です。
重層、一間一戸、入母屋造。江戸初期の慶安から寛文年間の建立。
光明寺縁起
創建は第五十九代宇多天皇の頃と伝えられるも詳細は不祥。その後応永十年(1403年)大念仏宗本山恵観浄善の弟子永欣が中興、
天正十四年(1586年) 法俊上人が再興。現在の本堂は、寛政五年(1793年)の建立。内陣に藤原時代の本尊阿弥陀如来立像、多聞
天立像、八幡大菩薩、大日如来、永欣和尚坐像などを安置。境内の観音堂には十一面観音像を安置しています。
▼久し振りに目にしました、莫山さん書の山号扁額。
▼斜めからのショットもカッコいい。
▼振り返ってみてもカッコいい。
▼境内は決して広くはないですが、参道以外は砂が敷きつめられ、お庭の植栽も古木が時代を添えて綺麗な境内です。
▼言い訳ですが、写真の撮りようがない本堂。寛政五年 (1793年) 建立。
▼院号が書かれた扁額。
▼本堂前面です。正面障子戸の両脇から入堂します。
▼僅か10cm足らずの隙間を埋める向拝彫刻、相当細かい彫技です。
▼本堂内陣の荘厳。
▼須弥壇奥の本尊、ほとんど拝する事が出来ませんでした。
▼内陣の扁額。ここは寺号が書かれています。
▼一般的な堂内構成。椅子席が外陣、畳が中陣、須弥壇以奥が内陣ですネ。
▼見上げると大屋根に飛翔寸前の鷺。
▼十三重の石塔。苔むす見栄えに歴史を感じます。
塔高約400Cm、花崗岩、南北朝時代中期。
初層軸部に金剛界四仏の薬研彫りされ阿弥陀が刻まれています。
▼こんな石灯籠も。
▼境内。
▼本堂左前の観音堂。本尊十一面観音菩薩。
▼宇陀西国一番札所のご詠歌が扁額代わりか。
▼宝蔵か経蔵か。
▼近年建て替えられた庫裡。こちらでご朱印を頂きます。
▼大玄関。
▼今ご朱印をお願い中、手前の椅子で待ってます。
▼丸く刈り込みがなされたツツジ (だと思いますが) の中に、直径30cmくらいのこれ何だと思います?
中は氷が張って、しかも手が届きません。ハテなんでしょう? 判りません。
▼ご朱印です。
先の大願寺に輪をかけて情報が少ないお寺でした。ご住職「当寺は観光寺院ではないのでお寺パンフは作っておりません」とのこ
とで、入山者はあまり有り難くない様子。入山料もなく、通常ご朱印は300円ですが、それすら受け取られません。と云って境内
や本堂入堂を拒否する訳でもなく「どうぞごゆっくり」の言葉まで頂戴、お言葉に甘えて境内くまなく廻ったのは云うまでもあり
ません。
これにて光明寺 オ シ マ イ
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