塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

夫が主役か、妻が主役かそれが課題だ

2016-08-26 10:50:22 | 日記
 僕が幼少期だったころ、母は口癖のように

 「毎日ご飯が食べられるのは、お父さんが働いているからよ」
 「もう少しで帰宅するはずだから、夕食はみなで食べましょう」

 と語りかけました。

 時はバブル全盛期で、父の帰りが遅かったこともあるのでしょうが、母がこう説くことで

 「父の存在を意識させる」
 「自分が一歩後ろに下がることで、緩衝帯を設ける」

 ことを行っていたのです。

 母もパートに出ていましたし、僕たちの学校行事もあって忙しかったはずです。

 しかし、今は古臭いと断罪されるのかもしれませんが、父が主役という行為が適切に回っていたからこそ、日本社会が成立していたことは間違いありません。

 母は自主的に一歩下がった、つまり父に敬意を払うことで、父の労働を承認していた形になります。

 女性の進出は確かに結構ですが、単に頭数をそろえるだけでは意味がありませんし、何よりその女性頭領が周囲を尊重し、敬意を払う(特に夫を尊重することですが、大抵の妻は不満しか言いませんよ)ことが求められています。

 日清のラ王で

 「妻におびえる夫」

 が現実味を帯びているのは、夫が阻害されている、承認すらされていないことをブラック・ジョークとして放映されている、僕はそう解釈しています。

 サッカーも同様で、今後女子が数多く話題になるでしょうし、なでしこリーグの発展に皆が寄与せねばなりません。

 僕はその時、選手の夫、子供についても特集してはどうかと思います。

 女子も遠征で家を空けることが多いわけですから、防犯や学校行事など、子供、夫の承認なしに生きてはいけません。

 ならば、なでしこリーグの選手たちとその夫の生活を紹介することで、一般家庭の参考になる面は相当ある、僕はそう感じます。
 
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アメトーク、日本代表を総力特集

2016-08-26 01:25:38 | 日記
 番宣という声もありますが、昨晩放送されたアメトークの日本代表企画は面白かったですよ。

 この企画のお約束である、最後に登場する博多花丸さんの

 「カビラさんトークに福岡ソフトバンクネタを組み合わせる」
 「リハーサルのために一番乗り」

 といういつもの光景に、つい笑ってしまいました。

 ナオト・インティライミさんが過去、柏レイソルのジュニアユースに在籍していたこと、僕は初めて知りましたし、なるほど、と思わせる巧みなリフティングでしたね。

 この企画の放送日が、ワールドカップ予選の選手選考発表日ということも、テレビ朝日からすれば絶好だったと思います。

 ただ、ザッケローニとハリルホジッチ体制の間、つまりアギレ政権の話がほとんど出なかったことは残念でした。

 アジアカップ8強での敗退
 八百長疑惑で半年で監督交代

 こうしたマイナスの話が番組内でしっかり用いられる。

 そうでなければ成熟した形でのサッカー認知にはならないように感じました。

 日本に限らず各国代表は予選を戦うことで逞しさを増し、より多くの経験をえることで大舞台で怯まない精神力を養います。

 僕個人はやはりオーストラリアに勝利してほしいと思います。

 人間は一度でも

 「この人苦手だよなあ」
 「いい記憶が無いよ」

 と思うと、その心情に支配されてしまいます。

 是非、彼らに勝利してこのマイナスの気持ちを払拭してほしいものです。

 
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日本男性は本当にあか抜けない存在なのか

2016-08-26 01:02:51 | 日記
 世界規模で日本女性は大変な人気があり、男性は評判が悪いという一般論があります。

 本当に我々日本男性は、世界的な視野で魅力が無い、あか抜けない存在なのでしょうか?

 僕はそうは思いませんよ。

 これらは一例ですが

 1・日清のチキンラーメンは、保存食の概念を生み出し、これはWFPにも協賛している
 2・スバルのアイサイトは人心事故の撲滅に貢献
 3・トヨタのプリウス、日産リーフなど、自動車業界の先端技術

 これらは「あか抜けない」日本男性が生み出したものです。

 例えばフランスはエレガント、優雅な仕草の代名詞として語られますが、彼らが

 人命を救う偉大な発明
 常識を覆す画期的な発明を

 をしてきた印象は、少なくとも僕にはありません。

 彼らは騎士道精神、女性を大切に扱う男性の筆頭として語られますが、それならどうしてベトナム、アルジェリア、コンゴにカンボジアを植民地化、侮辱、殺戮という残虐行為に及んだのか。

 男女問わずフランスの方に是非説明してほしいですね。

 僕はフランスが虐殺に及ばなければ、ベトナムではグエン・アイコック、カンボジアではホー・チミンの行動は無かったと思います。

 想像ですが、フランスの匂いがこびりついた祖国の現状に、両者は耐えきれなかったこそ立ち上がった、問う解釈しています。

 サッカーでも恋愛でも、香水のつけ方でも、僕らは勝てないのでしょう。

 しかし奥寺、尾崎の時代から日本サッカーは必至に汗をかいてきましたし、もし時代がプロならば釜本だけでなく、杉山、八重樫、横山など、メキシコ五輪の選手たちは海外で活躍した。

 そう思います。

 植民地化という残虐行為で得たものは

 カミュの異邦人という傑作
 コンゴにおけるサプールの出現

 という現象を皮肉として解釈したいものです。
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