次は越婢加朮湯です。
婢は多分脾の間違いだろうと思います。
脾と言えば西洋医学的に言う膵を中心とした形態群です。
西洋医学でもこの膵というのも沈黙の臓器の代表なのですが、
東洋医学でも実は脾と言うのは表に出ないものなのです。
でも、脾は五臓及び六腑に栄養を送っている源です。
人間の生きている後天の気の食物のエネルギーや水を取りみ、
それを全身に送る中心です。
この処方が成立した時期というのは、どちらかと言うと外因病の多かった時で、
外からのもので脾がやられて、要するに脾を抑えられてしまって
水の代謝が全身にわたって悪くなった状態を何とかしようとするのが越婢湯です。
更に、水の代謝を良くする朮が加えられたのが越婢加朮湯と言う表現みたいです。
現実には急性疾患で、筋、関節に来て麻杏薏甘湯になることがあり、
これは痛みが強い状態です。
越婢加朮湯は急性疾患の経過中で、 何らかの水の代謝障害が起きてきた時に使われます。 麻杏薏甘湯はどちらかと言うと血の方に異常が出てきた時に使われます。
急性症状を伴ってきた関節炎に麻杏薏甘湯を使い、
腎炎等で浮腫が出てきた時に越婢加朮湯を使うと言う事になっているのですが、
現実にはこれらの状態はあまり見られません。
皆さんのところでは診るかもしれないので一応話しておきますが、
私のところでは、急性期で来院して麻杏薏甘湯や越婢加朮湯までなってしまったら
最初の治療が間違っていたことになります。私は今は先ずこういうことにはしません。
急性期の病気は、初期の状態でシャットアウトできる自信はありますし、
まず麻杏薏甘湯や越婢加朮湯にはなりません。
この状態になるような亜急性期の時は近くの専門医に行って、
わざわざ、あのような南富良野の山の中まで来ないのです。
今の南富良野町は3100人しか居ないですし、40分車で走ったら総合病院が ありますから、やはりこれくらいの患者さんは専門医にいってしまうのですね。
九州の離島にいた時は一万人も居て、夜になったら船も通わないですし、
嵐がきたら一週間ぐらい本当の離島になってしまいますから、
麻杏甘草湯や越婢加朮湯の患者さんも来ました。
その頃は使っていましたが今は使っていません。
今は内因病で使う事が非常に多いのです。
防已黄耆湯は同じ水の代謝障害でも潜在性の心不全があり、
肺や脾の衰えもあり全体的に虚している状態で冷えや水があります。
越婢加朮湯の人は麻黄や石膏が使えますので結構強い体質ですね。
一応これも慢性化したら附子を加えます。
昔の処方でも越婢加朮附湯というのがあります。
それでも防已黄耆湯証よりも体質的にはまだ強いようです。
膝関節症の場合は防已黄耆湯と越婢加朮湯と合方する場合もあります。
成人の関節症はうんと弱ると膝に水が溜まりやすいのですが、
越婢加朮湯だけの状態だったら必ずしも下半身だけとは限らず、
全身どこにでも水毒という状態が現われます。
丈夫な人で炎症が明らかにあると考えられる人でリウマチとか
多発性関節炎がある人にもこの越婢加朮湯を使います。
ところが実はこのテキストには書いていないのですが、
私はこれをアトビーに使います。これは非常に特殊な使い方です。
他の本にも載っていないと思います。
東洋医学的治療を普通にやられていないから書かれないのだと思います。
前にも言いましたが、リウマチに柴胡を使って揺さぶるという治療と
同じ意味合いになりますが、アトビーのどういう状態に使うかと言うと、
ステロイドを長く使っていると皮膚が紅皮症というよりも、
象の皮膚の様に分厚くなってしまって、触るとゴワゴワになっている時に使います。
あの状態と言うのは薬が皮膚まで到達しないのです。 その皮膚を破る薬として使います。
「あなたの皮膚はゴワゴワで破らないと中の悪いものが出ないから、
一旦悪くするために薬を出すからね。」と
はっきりそう言って患者さんに覚悟してもらいます。
そうするとガーゼを一日に何回も取り替えないといけないぐらい浸出液が出ます。
けれども皮膚が薄くなり、軟らかくなるのを患者さん自身が感じ取ってくれるので、
頑張って治療を続けてくれます。
越婢加朮湯は何故こういう作用があるのか私も分からないのです。
麻黄かなと思いますが、他の麻黄剤ではそういう作用はありません。
石膏かなと思っています。石膏は皮膚の下の水に作用します。
でも他の石膏の入っている処方ではこういう作用はない様です。
私もいろいろやってみましたが、麻黄と石膏の組合せ等もそういう報告がありません。
多分どこもこういう使い方をしていないからだと思います。
でも敢えて私はやります。そして皮膚が破れて一直線に治ってくれれば良いのですが、
あんまり出すのがひど過ぎると、ちょっと制御する意味で、
今度は消風散に切り替えたりして、
出させてはフォローし出させてはフォローする様な治療をします。
前にも言った様に、私のところで引き受ける患者さんというのはステロイドを使って、
使えば使うほど悪くなってくるような人たちで、覚悟して来ていますので、
そういう治療に耐えるモチベーションを持っており何とかなるのでね。
アトビーの治療は、他には状態を見ながら十味敗毒湯や荊艾連翹湯を使ったりします。
私は越婢加朮湯で皮膚を破るのがうまく行くのが分かって、
もう一つ別の疾患に越婢加朮湯を使っています。それは尋常性乾癬です。
これはほとんどと越婢加朮湯と当帰飲子の組合せです。
アトビーは文字通り湿疹です。
湿っているところをある程度乾燥させないといけないのです。
乾癬は文字通り基本が乾いて肥厚した癬ですね。
これを潤す最大の薬が四物湯に皮膚薬の入っている当帰飲子です。
要するに四物湯で乾癬を中から潤してあげて、乾癬の部分を破ってあげるのです。
これが非常に効くのです、ほとんどうまくいっています。
尋常性乾癖は難病という事で尋常性乾癬友の会を作っているのですが、
先生方のところで治療してもらえば、 友の会はそのうち解散するのではないでしょうか。
但し、乾癬は完全に無くなりはしません。 本人の生まれつき持っているものですからね。
でも全身がひどい状態になっていても、薬を飲んでさえいれば
本人が社会生活をするのに苦痛を感じる事は無くなります。
露出部分は本来は治り易いところですので、
女の人だったらノースリーブの服が着られて、
膝までのスカートをはければそれで良いでしょう。 そこまでにはなるのです。
体の奥というか陽の当たらないところは治りにくいのです。
特に最後まで残るのは背骨の腰椎の附近です。
貨幣状湿疹と尋常性乾癬とを北海道の先生はよく間違って発表したりします。
尋常性乾癬友の会の中にまで貨幣状湿疹の人がよく入っています。
貨幣状湿疹は文字通り湿疹ですから、乾癬程の皮膚の厚さはありません。
最も強いステロイドを使えばリバウンドはありますが、2、3日 で完全に消えます。
乾癬は2、3日で消える事はありません。乾癬は慢性化する程盛り上がってきます。
乾いて大抵は淡紅色かピンク色の盛り上がりです。
それをキチンと確認してほとんど病名診断で
越婢加朮湯と当帰飲子を使っていただければ大抵良いようです。
ほとんど視診が全てを決めているという感じです。 だから皆さんがお使いになられたら、あんな山の中(南富良野町)まで 患者さんが来なくても良くなるのではないでしょうか。
そんなに時間はかかりません。
乾癬は本人が皮膚が軟らかくなって来ているのが分かるのです。
写真を撮っておけば私達もはっきり良くなっているのが分かります。
ということで越婢加朮湯は皮膚を破る薬です。
初めアトビーの象皮症みたいなものに使って効くということで
尋常性乾癬に使ってみたらやはり効くということで、
自分でも面白い使い方だと思います。
第11回「さっぽろ下田塾」講義録
http://potato.hokkai.net/~acorn/sa_shimoda11.htm