
1964年(昭和39年)の東京オリンピック・・・あの感激をもう一度という夢は破れました。決定した後のことは・・・ラグビーで言う・・・ノーサイド・・・潔く情熱の国ブラジルのリオデジャネイロに乾杯。
新聞切抜きは10月11日(日曜日)某紙からです。
さて、いかなる経緯か知りませんが早くも2020年の開催地が決まる2013年に向けて広島市と長崎市が共同で立候補するらしいです。
「核兵器廃絶のために大切なことだが、静かな祈りの街であり、静かに過去と向き合う場であってほしい」
「五輪が開かれれば、訪れる多くの人に被爆地を知ってもらう機会になる」
市民の声を拾っていますが賛否両論あるようです。
10月5日のブログ・・・東京オリンピック落選・・・チジの目にもナミダ・・・で
わたし的には次回オリンピックの開催の招致に手を挙げるのはヒロシマやナガサキがどうかなと思います。そこには世界に発信する(核廃絶という)理念があるからです。
なんて書きました。ひょっとしたら広島・長崎の人が読んだのではないかと勝手に思ったりして????
いまや世界的な流れの核廃絶の声。全世界からアスリートたちが集まる平和の祭典の中心にヒロシマ・ナガサキを。
16年五輪招致に破れた東京も再挑戦に含みを持たせています。
ローマ市長が立候補を表明しておるようです。
いまやオリンピックは国力を誇示する場として、コマーシャリズムの場として、巨大なものとなっています。インフラ、会場などの整備を含めて財政の問題、二つの都市での開催、さまざまなハードルがあります。
でもそんなハードルはクリアできるものです。
昭和39年度の東京オリンピック・・・東京は戦火の廃墟から立ち上がったばかりでした。戦敗国が世界の国に仲間入りする、国民のほとんどがこのオリンピックに期待したのです。いまから思えば競技場だってそのごの開催地に比べてチャチなものです。
選手村は明治以来、代々木原→錬兵場→米軍接収代々木ハイツ→選手村と変遷を経てきたものです。当事の選手村の一部が残されてるそうです。お粗末なものですが当事は最新の設備でした。
東京オリンピック開催の熱気が現在の東京に発展させたのかもしれません。
広島・長崎のオリンピック・・・問題は山積みですが国民の熱気があればクリアできます。コンパクトで地味なオリンピック・・・それでイイじゃないですか・・・それが広島・長崎にふさわしい。


世界の若者がヒロシマ・ナガサキの爆心地・平和公園で祈りを捧げてほしい。
広島は過去にアジア大会を開催したことがあります。
来月来日するオバマ大統領の広島・長崎への訪問は、日程的に見送られそうですし。
ただ、本当に財政赤字が…。
賛成です 少しでも核廃絶の 方向に・・です
心配は お金ですね
なんとか できないかな・・です
平和の発信が、全世界の人たちが集うオリンピックを通して出来るなんて素晴らしいことだと思います。
お金を掛けるばかりが、良い大会ではありませんよね。日本人の英知できっと実現できると信じています。
オバマ大統領ノーベル平和賞(核廃絶)
の受賞後に間髪を入れないで・・・・流石と思いました。
私は大賛成です。
それにヒキノさんの世間の見る洞察力「予言者ヒキノ!!」
東京オリンピックはハードだけでソフトが足りなかった。
広島・長崎はソフトがしっかりしている。人を引きつける要素は事欠かない。
被爆者歓迎と不安とありましたので新聞記事コマメニ読みました。慎重に行きたいものです。
日本人の悲願としてまとまって欲しい。
オリンピックの起源はギリシャ神話・・・戦争犠牲者に対する慰霊祭として行われた。
オバマの広島訪問ひょっとして?チェ・ゲバラは大阪から夜行列車に乗って広島を見た。
金なんて何とかなるもんだ。
アジア大会をやったんだ。
中近東の若者たちにヒロシマ。ナガサキを見てもらいたい。
39年国立競技場に点火したのは昭和20年8月6日広島県生まれの坂井さんでした。
あの感激を日本でふたたび。