比企の丘

彩の国・・・比企丘陵・・・鳩山の里びと。
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越生あじさい山から・・・西川材の故郷を見る

2010-06-29 | 比企の丘から
越生あじさい山・・中腹の展望台から、真正面、北の方向、麦原川そして後背地の美林を眺めています。眼下はあじさいの群落のはずですが花の色は写っていません。

山なみを越えてゆくと大樟の木で有名な越生町の上谷(カミヤツ)集落、尾根道を越えるとときがわ町大附(オオツキ)集落。前にここから大樟の木を見に往復したことがあります。


西の方向、麦原川の源流方面。車道はないようです。川を詰めて尾根道を越えればときがわ町椚平、尾根道を左に上がれば外秩父の山なみの飯盛峠です。
杉の美林です。西川材という材木の故郷です。


西川材・・・近世の江戸の町は火災に弱い町でたびたび大火にあい、その復興のために飯能市、日高市、毛呂山町、越生町の木材が使われました。消費地と生産地が近く木材の水流しによる搬送が容易。つまり流通コストが他の地域の木材より安価ということです。荒川の西方面の川・・・入間川、高麗川、越辺川から筏で運ばれてくることから西川材と呼ばれます。
もちろん江戸期だけでなく関東大震災、太平洋戦争の敗戦後の復興に大いに貢献しました。
こんな山の中からどうやって木材を搬送したのでしょう?すべて人力です。さまざまな工夫がされます。山の傾斜に貯木、修羅(滑り台のようなもの)、木馬による山だし、雪解け水、梅雨期の増水による1本流し、最後は筏組みにより木場へ。
やがてワイヤーリフト、トロッコ、トラック、鉄道によって搬送方法は変わり、木材そのものも輸入材や合板材の時代に変遷していきます。
かつて山で生活していた人も生活の道を別に求めていきます。

あらためて山を見ています。日本の国土は70%が山と森。初夏の梅雨前線、太平洋からの台風による大雨、大陸からの偏西風による大雪、それを森林がスポンジのように吸って、ユックリと大地に流してくれます。森が水をコントロールし、大地の作物を育て、海を育てます。
山に住む人たちによって守られてきた森林と水資源、これからはどうなるのでしょう。


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