比企の丘

彩の国・・・比企丘陵・・・鳩山の里びと。
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秋の信州・・・塩田平・・・青木村ぶらぶら・・・東急コンツェルンの五島慶太記念公園

2017-12-15 | 信濃の国は 上田・佐久・東信濃
秋・・・11月20日、東信州・・・塩田平・・・青木村・・・ぶらり歩き・・・
小県郡青木村殿戸・・・五島慶太・・・記念公園・・・標識が目に入って寄ってみました。。

五島慶太・・・昭和の時代、東急コンツェルンを築き上げ率いた人・・・東急電鉄を中心にして、京浜急行、小田急電鉄、京王電気軌道、相模鉄道を傘下に収め、大戦後の焼け野原の渋谷を現在の繁華街に、沿線に田園都市・学園都市を発展させた大実業家。官界で培った人脈を生かし事業を拡充、強引な会社乗っ取りで強盗慶太ともいわれ毀誉褒貶の多い人。

信州上田の・・・六文銭の写真帳

青木村五島慶太記念公園・・・なぜ?・・・ここは五島慶太の生まれ育った村・・・
青木村の村営公園ではなく東急電鉄のつくった公園・・・らしい?




※撮影は11月20日。
五島慶太(1882~1959年)・・・長野県小県郡殿戸村(現青木村)の小林家の次男として生まれ、長野中学上田支校、松本中学、青木村小学校代用教員、東京高師、四日市商業教員、東京帝大選科入学、旧制市光卒業資格試験合格、東京帝大本科入学。農商務省入省、鉄道院に転属、結婚後に五島家に養子、1920年武蔵電気鉄道(現東急電鉄)に常務として入社。辣腕を振るって東京首都圏西南部の鉄道会社を傘下に収めて行った。太平洋戦争中、東条内閣で運輸通信大臣、戦後の活躍も目覚ましい。鉄道事業に商業施設、娯楽施設、学校施設を連携させ、沿線に住宅事業を発展させた。まさに事業の鬼。

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