Toshiが行く

日記や趣味、エッセイなどで描く日々

外は晴れ

2022年04月29日 14時59分52秒 | エッセイ


病室の窓越し遠くの博多湾を
大小の船が穏やかに行き交っている。
それこそ手を伸ばせば届きそうなほど
近くにあるドーム球場は、
多くのソフトバンクホークスのファンがせわしない。
ガラス一枚向こうには生命力に満ちていて、心を和ませ、
病の憂さを忘れさせる光景が広がっている。 

       

38度、時に39度を超す高熱が続き、
駆け込んだいつもの病院の救急外来。
医師は「急性細菌性前立腺炎」と診断し、
即入院を宣告したのだった。看護師の押す車いすで病室へ。
すると、それこそいきなりこう話しかけられたのである。
「1日おき5時間の人工透析ですよ。
これではやりたいこともやれないし、
どこかへ行ってみたいと思っても行けません。
そんな日々を送らなければならないなんて、
何のために生きているのか分かりゃしません」

70歳前後と思われる隣のベッドの男性だった。
病室は命を紡ぐ場に違いなく、
「何のために生きているのか」などと
死と向き合ったかのような話にどう返したものか。
一言も返せずにいると、その男性はそれ以上何も言わず、
そのまま自分のベッドに引っ込んでしまった。
なぜ、いきなりそんなことを言い出したのか。
病室は命を紡ぐ場ではあるが、
誰しもが胸の奥底に死に対する
不安を大なり小なり隠している。
その不安が思わず出てしまったのではないか。
以来まったく言葉を交わすことはなかった。

         

いったん収まりかけた高熱が、ぶり返す。
入院はずるずると延びるばかりとなった。
その間に、かの男性は人工透析に不可欠なシャント
(腕の動脈と静脈をつないだ血管)の形成もうまくいき、
退院する日が見えてきて病室にやって来た医師と
交わす会話にも明るさがこもってきた。
退院当日ともなると、早朝から身支度を済ませ、
その時をそわそわと待っているのが伝わってくる。
退院すると自宅近くの病院で透析を続けながら、
懸命に命を紡いでいくことになるのだが、
それでも「退院」という言葉は「生」への希望を持たせ、
力を与えてくれるのである。 

           

外は晴れ——窓越しの博多湾は今日も
穏やかなたたずまいであり、
ドーム球場の喧騒もいつも通りである。
これらの光景に心和ませ、心弾ませながら
17日間の入院生活を終えた。



霧の中へ

2022年04月28日 10時13分10秒 | エッセイ


霧が街を隠している。
福岡市の中心街・天神地区のビル群は
その中に沈み込んでいる。
前日は少し強めの雨が終日降り続いた。
今朝(27日)はまだ曇ってはいるが、雨は止んだ。
ただ、気温が高い。まさに霧日和である。



前を行く車のテールランプ、
それに信号機の赤色が一層強い。
グレーの世界へと車を進める。
前後左右、まったく見えぬ世界であろうか。
そんな暗闇はあるはずもない。
やはりそうだ。
中へ入っていくとグレーは薄まってきた。
そして、間もなくグレーの世界はわずか10分ほど、
夢が覚めるようにどこかへと去って行った。
自然はたまに、街中でもこんな芸当を見せる。

いつもと変わらない世界。
そこで人は皆、喜怒哀楽を嚙みしめる。




ありがとう

2022年04月22日 11時28分32秒 | エッセイ


17日間病床にいた背を、
まるで看護師さんのように、
お日様が優しく撫でてくれる。
久し振りの川べり。
前日の雨はすっかり上がり、陽が眩しい。
いつもは見ることもない、雑草に目をやれば、
朝露がきらきらと。
川面はさざ波にかすかに揺れている。
慣れ親しんだ光景なのに、何だか懐かしい。



おや、橋の向こうに鯉たちが、
ほどよい風を受けて泳いでいる。
そうか、5月5日の端午の節句がもうすぐなのだ。
この季節になるとよく見る鯉のぼりの風景なのだが、
川をまたいで泳ぐ鯉たちの元気の良さに励まされ、
前を歩く人影の足取りも力強さを見せている。



少々萎えた脚の力を取り戻そうとのウオーキング。
お日様が、鯉たちが、そして
たおやかな川のたたずまいが、
力といたわりを与えてくれる。
ありがとう。
        
        

老春時代

2022年04月01日 06時00分00秒 | エッセイ


7月で80歳になる。
日本人男性の平均寿命は81・64歳だから、
あとわずかで届く。
確かに体のあちこちは痛み、毎年のように入院・手術を
繰り返してはいるが、寝たきりというわけではないし、
介護など他人に頼らないで生活出来ているので、
よたよたであっても平均寿命は
クリア出来るのではないかと思っている。

老年医学・精神科医の和田秀樹さんが
「80歳の壁」という本を出している。
『体力も気力も80歳からは70代と全然違う!
健康寿命の平均は男性72歳、女性75歳。
80歳を目前に寝たきりや要介護になる人は多い。
「80歳の壁」は高いが、その壁を超えたら、
人生で一番幸せな20年が待っています!』
このような話で、
そして『未知なる「人生100年時代」を迎え撃つ、
新しい老人の作法』を伝授しているのである。

               

そのいくつかを紹介してみよう。
◆食べたいものを食べていい。お酒も飲んでいい
◆肉を食べよう。しかも安い赤身がいい
◆ガンは切らないほうがいい
◆薬は不調があるときだけ飲めばいい
◆運転免許は返納しなくていい
◆運動はほどほどに。散歩が一番
◆おむつを恥じるな。行動を広げる味方です

そうでしょう。そうでしょう、と言いたいものもあるし、
ええっ本当ですか、と問い返してみたくなるものもある。
もっとも、新聞掲載の書籍広告から拾っているので、
やはり実際に本を読んで確かめる必要があるだろう。

「人生100年時代」─
100歳以上の人が日本には
8万6510人いる(2021年)。
過去最多を更新しており、
まさに「人生100年時代」を実感させる。
さて、「80歳の壁」をクリアして
100歳まで生きるとして20年間。
「島耕作」シリーズで著名な漫画家・弘兼憲史さんは、
この余生を「老春時代」と呼ぶ。
そして、先の和田さんと同じようなことを言っている。
たとえば、健康のためと言って、「今日は5㌔走ろう」
「スポーツジムで筋力アップ」などの目標を立て、
その達成にストイックになり、ストレスを重ねてしまう。
また、最近は「ビーガン」といって肉、魚はもちろん、
牛乳、チーズといったすべての動物性たんぱく質を
食べない人もいるようだが、
あまりストイックになりすぎると息苦しくなってしまう。
このような話である。

                           

和田さんや弘兼さんの話には、
うなづけることが多いのは確かだが、
問題はそれを実行出来る勇気を持てるかどうかである。
聞けば「なるほど」と思えても、「やれ」と言われると、
それがそう簡単ではなくなってくるのである。
どうすれば「人生で一番幸せな20年」となるか。
自ら「やれ」と背中を蹴とばすしかないのかもしれない。