「お散歩を続けたいの?
それとも家に帰りたい?」
「あんたね、若いんでしょう。
若いもんはどちらにするか、さっさと決めるもんだよ。
さあ、さあ どっちにするか決めてちょうだい」
思わず笑ってしまった。
ウオーキング途中の昼下がり。曇り空なのに、やけに暑い。
おばあさんに引かれるワンちゃんも音を上げているふうだ。
ベロを出しハアハアするのは熱を発散させる
犬たちの体温調節法なのだろうが、それが一段と激しい。
木陰の中から出ようとしない。
それで、ご主人様はイラっとされたのか、
「あんたね、若いんでしょう。
若いもんは、さっさと決めるもんだよ」
などと急かしているのである。
人にも、犬にも若いからといって決断力があるのかどうか。
おばあさんはそう思われているのだろう。
でもワンちゃんはそう言われても、座り込んだまま動こうとしない。
どちらでもなく、一休みさせてほしそうだ。
この何とも微笑ましい光景の成り行きを
最後まで見届けたいとも思ったが、
ワンちゃんが何だか照れ臭そうな顔をしてこちらを見ているから、
笑いを含ませながら通り過ぎることにした。
すると、後ろからまた「若いんだから……」との声が聞こえる。
もう、こらえきれない。
とうとう、笑いが声になって出てしまった。
犬をペットとしている人は多い。
犬に限らずペットというものを飼ったことのない、
この爺さんにすれば、
「それほどまでに」と思えるほどの情愛を見せる。
確かに、テレビなどで見る犬や猫たちの
何とも言えない愛らしい仕種には癒されることが多いから、
実際、側にいて愛嬌をふりまかれるとなると、
なおさらのことであろう。
中には、愛犬、愛猫を亡くし、
ペットロスに陥る人もいるそうだから、
それもまた分かるような気がする。
だが人というのは、時に残酷だ。
子犬の時は「かわいい、かわいい」と言いながら、
しばらくすると持て余したように捨ててしまう。
そして、その犬は殺処分という運命をたどりかねないのである。
中には、一命をとりとめ保護犬として育てられるものもいるが、
一度裏切った人への信頼は、なかなか取り戻せないらしい。
あのおばあさんは、そんな人とは思えない。
「若いんだから、さっさと決めなさい」との言いようには、
犬君に対する愛情がたっぷりと……
だって、おばあさんも笑顔だったからね。