2020年が終わろうとしている。
時は止まることなく過ぎていく。
それでも、時がどんなに過ぎようとも、
脳裏に、胸裏に深く焼き付いて、たやすく消えないものもある。
たとえば、あの海の、あの光景──なぜか、しきりによぎる。
思わず歓声の出るような絶景というわけではない。
「派手か」、あるいは「地味か」、そんな安直な言い方をすれば、
「地味」に、「ひっそりとした」を加えた、そんな佇まいであった。
JR京都駅からバスでおよそ2時間。
陸奥の『松島』、安芸の『宮島』と並ぶ日本三景のひとつ、
特別名勝『天橋立』があるJR天橋立駅へ。
その小さな駅の、道を挟んだほぼ真向いに小さなレンタカーの店。
木造2階建て、出入り口は引き戸になっており、
一見すると懐かしい雑貨屋を思わせた。
『天橋立レンタカー』との店名、その『立』と『レ』の間に
割って入るようにクラシックカーの絵柄をあしらった看板が
2階部分に掲げてあり、それで、どうにかそれと分かる。
すぐ近くに専用駐車場、と言っても空き地みたいな場所に
2台分のスペースがあり、
フロントガラスに「すぐにご利用いただけます」との札を下げた
軽自動車が1台だけ停めてあった。
ここに来たのは、実は天橋立が目的ではなかった。
行きたい所は別にあった。
日本海に突き出た京都北部・丹後半島へと、軽自動車を走らせた。
最近の軽自動車はルーフが高く、車内は広く感じる。不足はない。
1時間足らず──着いたのは伊根湾。ここが目的の地だった。
日本海側の港には珍しく、波静かな天然の良港とされる。
山並みが岸のすぐ後ろまで迫り、海との間のわずかな地に、
海にせり出すように切妻造りの、1階が船の収容庫、
2階が住居という、この地区独特の伝統的様式の建物が
200軒ほど湾沿いにぐるりと立ち並んでいる。
海と、物言わず迫る山並みの静けさ、
それに『伊根の舟屋』と呼ばれる、これら建物が穏やかにマッチし、
墨で描いた絵を思わせる世界となって多くの人を誘う。
佇めば、4時を少し回り陽は沈みかけている。
しかも薄曇りであり、海も舟屋も淡いグレーな静けさに溶け込んでいく。
舟屋の2階にポツリポツリと灯が見えてきた。
わずかなざわめきといえば、湾を巡る遊覧船のエンジン音と、
それに紛れて、岸壁で無邪気に釣りを楽しむ女性の声だけ。
目をやると、それは彼から釣りを教わる外国の女性のものであった。
薄墨の中の淡い色彩……和やかさが加わってくる。
2年前の11月、夫婦2人で訪れたその地が、
忘れがたく胸中に残っている。
皆様 良い年をお迎えください!