ミュージックスクールに通い始めたのは70歳の時だった。
もともとは孫がギターのレッスンに通い、
その発表会を欠かさず観に行っていたら、何だかムズムズとし始め、
「俺もあのステージで歌ってみたい」との気持ちを抑えきれなくなり、
恥ずかしげもなくヴォーカルのレッスンに通い始めたのだった。
あれから10年余。年齢も来月で81歳になる。
もともとのかすれ声に加え、年を取るとともに声も出にくくなった。
それでも、まさに性懲りもなくレッスンに通っている。
声は出にくくなりはしたが、とにかくできる限り声を出して歌う。
これは、なにものにも代えがたい爽快感である。
そして年に2回、レッスンの成果を聞いてもらう発表会がある。
生徒たちが自分の歌いたい曲をステージで披露するのだ。
もう相当数、発表会に出ているのでひどく緊張することはないが、
最初の頃は、マイクを持つ手が震えたり、歌詞を忘れたりしたものだ。
25日にも、いつものライブハウスでその発表会があった。
選曲したのは『別れの朝』。世良公則バージョンだった。
ご存じのように、この曲は思い切り
声を出さなければならないところがある。
声が出にくくなっているのに、敢えてこの曲にしたのは、
実は思い切り声を出したかったからだ。
レッスン中は、その部分で咳き込むことがしばしばだった。
だが、練習を続けているうちに少しずつ声が出るようになってきた。
さて本番。咳き込まないように……それだけを願っていた。
歌い進むうちに次第に自信みたいなものが出てきた。
声も出ている。咳き込む様子もない。
何箇所か間違えはしたが、曲を止めるようなものではなかった。
よし、いけた。久々の快感である。
長生きしようと思い歌うのではない。
ただ歌うのが好き、楽しいというだけだ。
その時を精一杯生きたいのだ。
80歳爺さんの『別れの朝』に大きな拍手をいただいた。
それは、「いつまでも歌い続けなさい」との励ましのようでもあった。
「はい、頑張ります」心の中で大声で答えたのだった。