Toshiが行く

日記や趣味、エッセイなどで描く日々

ハンドクリーム

2023年01月28日 12時57分23秒 | エッセイ


何気なく指を頬骨あたりにやった。
「やっ」 驚いた。
幼い子のように肌がすべすべしているではないか。
何を馬鹿な。80歳だぞ。
ついさっきも、テレビを見ていたら妻がこちらをじっと見て、
「年を取ったわね」とくさしたばかりだ。

新聞を開けば、真っ先に見るのは訃報欄。
享年がこちらより上の方だったら
「オレは何年か」そんなことばかりを思っている。
冬になると指先はカサカサ。
新聞や本をめくることさえままならない。
親指の爪の生え際はひび割れることもしばしばだ。

      

それを見て妻が、ハンドクリームを勧めてくれた。
手にクリームなんて、そんなヤワなこと思いもしなかったが
ひび割れのヒリヒリ、ピリピリ、
顔を洗う時など水に触れるたびの辛さを考えれば、
妻の勧めにありがたく従うことにした。

まず両手10本の指先にクリームを塗り、
さらに手の甲、平全体に伸ばしていく。
まだ少し残っていれば、手の平で頬まで。
ついでに両足かかとにも塗り、すぐに靴下を履く。
そうした方がいいというのも妻の助言。
特に風呂上りが良いのだそうだ。

この効果は確かにあった。
指先のカサカサ感は減り、ひび割れもなくなった。
さては、頬がすべすべしていると感じたのは、
もっぱら、指先のカサカサ感が減ったからではないか。

まあ、鏡で確かめてみようか。
「げっ」 やっぱり目の下はたるみ、
ほうれい線とやらもくっきり。
年寄りそのものではないか。
見なけりゃよかった。

現実は現実として受け止めるしかないか。



エレジー

2023年01月19日 06時00分00秒 | エッセイ

「あの歌を歌ってくれ」
カウンターに7、8席が並ぶ小さなスタンドバー。
何軒か回った末に落ち着くのがこの店だった。
閉店間近の店には、もう僕ら2人きり。 
直属の部長、確か僕より13歳上だ。

酔ったふうの彼は久しいことだった。
この日、僕に多少の問題がありはしたが、
それが彼を悩ますとは思ってもいなかった。
たまたま2人とも早帰りの日で、
部屋を出たところで一緒になったに過ぎない。
「どうだ」と一言。「はい」とためらうことはなかった。
言葉を交わすこともせず、彼の少し後ろについた。
行く店は決まっている。その順番も。
だいたい3軒というのが普通だ。

彼は強い。僕はダメだ。
そんな2人なのに、彼はしばしば「どうだ」と言った。
僕も寡黙を身にまとい、そのたたずまいで何かを伝えるかのような
彼を好ましく思った。



この夜も彼は口数が少なかった。
大した話をするでもなく、何となく時間を過ごした。
ただ一つ、説教というほどではなかったが、少しばかり力を込め
「一つのことが出来る奴は何をしてもやれるものだ。
自信を持って進め」
そんなことを言った。
実はその日、僕は場合によっては懲戒解雇かといった
大きなポカをやらかしていたのだ。
おそらく、彼は僕の背に手を置いてくれたのではなかったか。
それが彼の部下に対する接し方だった。
僕はそんな彼を上司というだけではなく、人として信頼し、
「どうだ」と言われれば、何をおいても付き従った。

「ママ 曲を流してやってくれ」
そう言いながら彼は100円玉を渡した。
流れてきたのは、あがた森魚の『赤色エレジー』だった。
僕はあわててマイクを取った。
当時のカラオケは曲を流し、歌詞ブックを見ながら歌うだけである。
今みたいに映し出された画面を見て歌うのではない。
それでも僕は、歌詞は見なくとも歌えた。

いつの日だったか、たまたま僕が歌ったのを気に入ったらしい。
こうして2人きりになると必ず「歌ってくれ」となる。
何がそんなに気に入ったのか。
まさに昭和エレジーとも言える、どこかしんみりした歌である。
そう言えば、口数少なく、時に寂しげな彼が持つ雰囲気とよく似ていた。
歌っている間、彼はグラスをじっと見つめ続けていた。
何を思っているのか。
歌が終わると、やっと顔を上げ「お前も一杯やれ」となる。
思い切ってグラスを空けた。
しばらくすると、頭が少しクラクラっとしてきた。
呂律も怪しくなる。
そして聞いてみた。
「な、なぜ この歌がす、好きなんですか」
すると彼は「好きだから好きなんだよ」とだけ言って、
手酌でぐいっといくのである。

彼の葬儀の日、僕はあのスタンドバーで
一人『赤色エレジー』を歌った。
「好きだよな この歌」
彼の声が聞こえたような……。


ごっちゃ

2023年01月12日 15時00分00秒 | エッセイ


80にもなる爺さんが、若い男性歌手に魅かれる。
そう公言すれば、「なんとまあ」とあきれられるに決まっている。
僕だって、同じ年配の知人がそんなことを言おうものなら、
大声上げて笑い倒すかもしれない。
でも、人を好きになるのに何の理屈が要るだろうか。
そんなもの何もないはずだ。
男女を問わず、年齢がどうであろうともだ。

と、こう書けば「少しおかしくなってきたのではないか。心配だな」
と気を遣わせかねない。そうだろうと思う。だが、心配ご無用。
どこかの宗教団体みたいに
全財産をはたいて(と言ってもはたくほどのものはないが)、
入れ込むようなことはしない。
それほどの分別はまだ持ち合わせている。



さて、その男性歌手だが藤井風という。
いわゆるシンガーソングライターで、岡山県出身の25歳。
実は、彼を知ったのはつい最近、年末のことだ。
さして興味を引く番組がなく、テレビのチャンネルをあっち回し、
こっち回ししていたらNHKの特番に行き当たった。
『死ぬのがいいわ』なんて妙な、そしてドキッとするような
タイトルをつけた曲が世界的にヒットしているとかで、
「へぇー」とそのまま見ていたら、ぐぐっーと来てしまった。

あまり聞きなれない斬新なメロディに、ユニークな歌詞。
ピアノもうまい。
さらに、その容姿。背丈があり、スマートで顔も良い。
着ているものは作務衣みたいな、あるいはパジャマかと
見紛うようなものをゆったりと着けている。
話し方がまた面白い。
自分のことを「わし」と言ったり、方言丸出しなのだ。
とにかく、何から何まで個性的で、
似たり寄ったりのアイドル系グループが
〝占拠〟しているかのような紅白歌合戦において、
その存在感は圧倒的だった。ひいき目に見ての話だが。

そんな他愛ない思いが、頭の中をぐるぐると巡っている時、
50を過ぎた長女がやって来て
「あら、お父さんもなの」なんて言うものだから、ぎくっとなった。
「そんなお爺ちゃんがみっともない。やめなさいよ」
てっきりそう言われるものだとばかり思っていたら違った。
「私も大好きなのよ。風君 いいわよねー」と言うではないか。
「そうだろう。そうだよね。いいよね」と気分を良くしたら、
続けて「うちの○○君に姿かたちはもちろん雰囲気まで、
何から何までそっくりなんだもん。いとおしくなっちゃう」
と自分の長男(言うまでもなく僕の孫)の名を出しながら、
「この歌もいいでしょう」スマホをこちらに向ける。

突然「はっ」となった。
あるいは僕の頭の中も孫息子と風君のイメージが
ごっちゃに重なり合って駆け巡っているのではないか。
きっとそうに違いない。
まさに、その時、当の孫息子が
「こんにちは」と軽やかにやって来た。
思わず「よお 風君」と声をかけてしまった。
ると、彼はにっと笑って応えたのである。
やっぱり好きだなあ。可愛いなあ。



成人式

2023年01月09日 14時55分37秒 | エッセイ


まだ2つか3つ頃だったのではなかったか。
次女の一人娘が、1枚の写真を見て、
突然「わあわあ」と泣き出した。
母親が自分とは違う幼い女の子を抱っこしていたのだ。
実は、その女の子は母親の姉の娘、
つまりその子にとっては従妹だったのだが、
母親をその子に取られたとでも思ったのだろう、
悲しく嫉妬したに違いない。
僕の可愛い孫娘の小さな、小さな幼き日の思い出である。

  

時が過ぎるのは本当に早い。
あの写真に泣き出した女の子は、今はもう大学2年生になっている。
そして今年、晴れて成人式を迎えたのである。
加えれば、写真の従妹は今年もう26歳になる。
いやはや早いものだ。

上の孫は東京で外資系の会社に勤務しているから、
今は2人が顔を合わせる機会は少なくなっているが、
母親同士がそうであるように、この2人も実に仲が良い。
上の子が進んだ高校に、下の子はそれを追うようにして
同じ高校に進み後輩となったし、
ともかく「私、○○ちゃん(従妹)をリスペクトしているのよ」と
いつも口にするのである。
逆に上の子は、東京から帰省する時には
必ずブランド品などの土産を持ち帰り、
従妹同士のほのぼのとした光景を見せてくれるのである。



久々に会った今年の正月は2人そろって、
それぞれの母親から譲り受けた着物姿となり、
その美しさを競った。
そして、正月の時とはまた違った着物姿で成人式を迎えたのである。

その昔、2人の娘を社会に送り出し、
そして今また、孫たちを同様に送り出すのである。



着継がれる

2023年01月06日 13時46分24秒 | エッセイ


この着物はさらに着継がれていくだろうか。
何十年か前、2人の娘が結婚式や成人式に着た着物が、
今、正月の晴れ姿に2人の孫を飾っている。
私の長女と次女がそうであったように、
孫たちも劣らずあでやかで、その表情も天に負けず明るい。

       

その姿を見る私たち祖父母もまた満面の笑みを隠さない。
結婚式のお色直し、また大学の卒業式での長女、
次女は成人式を晴れやかに着飾ってくれた。
思えば、この着物は私たちが2人の娘に贈った愛情の証しでもある。
祖父母のそんないとおしい思いがまた、
着物と共に孫たちへと伝わっていってくれれば……。

          
                爺と婆は撮影に大忙し

長女と次女はとても仲が良い。
その姿が私たち親への何よりの慰みであり、素直に嬉しく思う。
母親たちのそんな姿を見てか、従妹同士の孫も互いを慕っている。
そんな娘、孫たちに囲まれ、和やかに過ごした正月。
上の孫は今年26歳になる。そろそろ……の年頃である。
正月の話題はもっぱらそのことであり、笑いが絶えなかった。

この着物はさらにひ孫へと着継がれていくだろうか。