Toshiが行く

日記や趣味、エッセイなどで描く日々

『伊根の舟屋』に佇む

2020年02月29日 09時48分25秒 | 旅行記
 JR天橋立駅の、道を挟んだほぼ真向いに小さなレンタカーの店があった。木造2階建て、出入り口は引き戸になっており、一見すると懐かしい雑貨屋を思わせた。『天橋立レンタカー』との店名、その『立』と『レ』の間に割って入るようにクラシックカーの絵柄をあしらった看板が2階部分に掲げてあり、それで、どうにかそれと分かる。すぐ近くに専用駐車場、と言っても空き地みたいな場所に2台分のスペースがあり、フロントガラスに「すぐにご利用いただけます」との札を下げた軽自動車が1台だけ停めてあった。        
                    
 
 言うまでもなく、ここには陸奥の『松島』、安芸の『宮島』と並ぶ日本三景のひとつ、特別名勝『天橋立』がある。その景観を楽しもうとやって来たのだが、実はもう一つ目的があった。それで「すぐにご利用いただけます」という軽自動車を借りることにしたのだ。
 

 日本海に突き出た丹後半島へと北上する。最近の軽自動車はルーフが高くなっているので、車内は広く感じる。不足はない。1時間足らずで目的地の伊根湾に着いた。日本海側の港には珍しく、波静かな天然の良港とされる。山並みが岸のすぐ後ろまで迫っている。海との間のわずかな地に、海にせり出すように切妻造りの、1階が船の収容庫、2階が住居という、この地区独特の伝統的様式の建物が200軒ほど湾沿いにぐるりと立ち並んでいる。海と、物言わず迫る山並みの静けさ、それに『伊根の舟屋』と呼ばれる、これら建物が穏やかにマッチし、墨で描いた絵を思わせる世界となって多くの人を誘っている。
 佇めば、4時を少し回り陽は沈みかけている。しかも薄曇りであり、海も舟屋も淡いグレーな静けさに溶け込んでいく。舟屋の2階にポツリポツリと灯が見えてきた。わずかなざわめきといえば、湾を巡る遊覧船のエンジン音と、それに紛れて聞こえてくる楽しげな女性の声だけ。目をやると、それは彼から釣りを教わる外国の女性のものであった。静けさの中にある伊根の岸壁で、無邪気に釣りを楽しむ異国の女性の笑い声に心和むのだった。


朝ぼらけ

2020年02月28日 15時38分27秒 | 旅行記
 


 佐賀県太良町は、『月の引力が見える町』と自称する。空がうっすらと白み始めた五時半、その多良漁港に有明海の日の出を求めてやって来た。沖へすーっと延びる細長い堤防道路に等間隔に立つ十本ほどの電柱は、まだ灯りを点々とつけていた。堤防には、船外機付きの小さな漁船が二隻舫われ、その船底をさざ波がくすぐるように洗っている。一人の漁師がやってきて船に乗り込むと舫を解き、ブルブルブルブルッというエンジン音を航跡の中に紛れ込ませながら、舳先を朝ぼらけの沖へと向けた。
 やがて令和の朝陽が右手、はるか島原半島の上空を染め始め、ぐんぐんと力強さを増していった。海面には一筋の黄金色の帯が延びてくる。それが、堤防道路に平行して海中に立つ、朱に塗られた三基の鳥居を神々しく直射した。
 この地にはこんな伝説が残っている——およそ300年の昔、悪政に苦しめられた村民が、悪代官を懲らしめるため一計を案じた。酔わせた挙句、有明海の小さな島、沖ノ島に置き去りにしたのだ。実はこの島、満潮時になると海の中に沈んでしまう。酔いが覚めた代官は、島が沈みそうになっているのに驚き神に救いを求めたところ、現れたのが文字通りの大魚(ナミウオ)、代官を背に乗せ助けてくれたのだった。この地にある大魚(おおうお)神社と海中鳥居は、代官が改心の証しとして、豊漁と海の安全を祈願し建立した——こんな話である。
 有明海は干満の差が大きい。特に太良町では六㍍にもなるという。それで『月の引力が見える町』と言っているのである。ここに着いた時には、鳥居の下はまだ干潟であったが、見る間に潮位は上がっていき鳥居の足元を隠していった。満潮時ともなると鳥居の中ほどまで海中に没するのである。朱の鳥居が干潟の上に屹立したり、あるいは半ば海中に没した姿はまさにフォトジェニックな世界……世の喧騒を離れ、ひとときの安らぎである。
 海を臨み背後には霊山とされる多良岳がそびえている。その多良岳と沖ノ島の延長線上に大魚神社と海中鳥居はあるのだという。近くに住む老人だろう、散歩がてらのウォーキング中ふと立ち止まり、多良岳に向かって手を合わせ、軽く頭を下げた。すると、高さを増していく陽に召されたのか、近くの木に群れ止まっていた数十羽もの白サギが、その陽を受ける鳥居の方へと一斉に飛び立っていった。


老漁師からのプレゼント

2020年02月27日 14時23分20秒 | 日記
佐賀県白石町の干拓地で出会ったのは、91歳の老漁師だった。
船溜まりで何かごそごそと仕事をしているで声をかけると、漁から帰ったばかりで、
今日の獲物の整理をしているところだった。
「今日は何が獲れまた?」声をかけると、農業用の肥料を入れるみたいな、
あの大きな紙袋をごそごそと探り、「これだよ」と取り出したのは、店先でよく見るものよりは、
倍、いやもっと大きいかもしれない驚くほどの大型カキだった。
「それ食べられるのですか」と問えば、「当たり前だよ。うまいよ。食うかい。おい、入れるもの持ってこい」
一緒に作業をしていた二十歳前後の孫に言いつけた。
孫も愛そうが良い。
「これね、あまりに大きいものだから、店には出せないんですよ。でも、旨いよ」と言いながら、
近くに停めていた軽トラックから青いビニール袋を取り出し、爺ちゃんに渡した。
「ほれ、これ持って帰りな」─渡されたビニール袋はずしりと重い。
5キロほどはあるだろう。
「いいんですか、いただいて」「いいから、いいから」カキを食べているせいなのか、
91歳とは思えぬ顔つやでニヤリ笑った。
さらに側から孫が「これ、天然ものだからね。やっぱり焼くのがいちばんいいかな」と口添えする。
その日の夕食の食卓には、大きな大きなカキフライが二つ。
老漁師の好意をありがたくいただいた。