私が子供をやっていた昭和時代、台風が来るとニュースでは「○○川の堤防が切れて、床上浸水××戸、床下浸水□□戸」なんて必ず言っていました。当時は畳が濡れるかどうかが大問題だったのかもしれません。最近のニュースでは浸水した家をそういった分類では表現しなくなっていて、先日実に久しぶりにテレビの画面で「床上浸水」「床下浸水」という文字列を目撃しました。ただ、昔はくみ取り便所が浸水して中身をばらまく被害拡大が大問題だったのに対して、今は家も洋風化しているから、家財が被害を受けたかどうか、の問題だけになっているのかもしれません。ただ最近の家は、床下の掃除がとてもやりにくい構造になっていますよね。床下浸水であっても後始末は大変そうです。
【ただいま読書中】『水害から治水を考える ──教訓から得られた水害減災論』末次忠司 著、 技報堂出版、2016年、2500円(税別)
過去の水害から「教訓」を得、それをもとに将来の防災を論じよう、という本です。
戦後70年の長期トレンドで水害を見ると「犠牲者数は減少」「被害総額は横ばい」という傾向が見えます。「防災」は、ある意味成功し、別の意味では成功していない、と言えそうです。堤防は45年前と比較すると2倍となり、警報発令数は昭和40年代(アメダス運用前)と比較すると8〜10倍となりましたが、新しいタイプの都市型水害(地下街の水害)などが発生するようになっています。
1000人以上の死者が出た最後の水害は、昭和34年(1959)の伊勢湾台風です。というか、台風一つで千人が死んでいた時代があったんですね。大きな水害は、時に法律さえ変えることがあります。小さな水害でも社会は「教訓」を学び続けます。地形と水害の関係、都市のインフラと水害の関係、情報伝達の方法、など、昭和の時代から私たちの水害への意識は変わり続けています。
橋梁は水害対策でけっこう問題になるそうです。橋梁工事で河床は沈下します。また、堤防に橋や線路や道路が食い込んでいると、そこが堤防の弱点になります。
古い堤防が破堤したときに調査をすると、その骨組みがまるで城の石垣のように石組みをされていることがあるそうです。古来、強い堤防を作るために、人は様々な工夫を凝らしてきた、と言うことなのでしょう。
本書には、避難をするときの水中歩行速度も載っています。成人男子で、水深50cm未満だと時速1.6km。それが水深50cm〜1mになると時速1.1kmだそうです。よちよち歩きくらいですね。また避難勧告を受けてから避難を始めて避難所に入るまでの時間は大体2〜3時間。決断するためと準備のためにけっこう時間がかかるのだそうです。やっぱり「あれは持っていこう、あ、これも必要だ」となるでしょうから、事前の準備が大切ということになりそうです。
ヨーロッパの都市は大体が古い浸食地形上に開かれているのに対し、日本の都市は大体沖積平野にあります。洪水想定氾濫区域は日本全体の10%ですが、そこに日本の人口の50%、資産の75%が集中しています。そこが浸水するだけでも大変ですが、浸水しなくてもライフラインが途絶するだけで人々の生活は破壊され、被害は二次三次と拡大していきます。
では、被害を防止するためにはどうすれば良いか、というところで、私たちは堤防や河川そのものをどうにかできませんから、個人としては「避難」について集中すれば良い、ということになります。さて、皆様、避難の準備はできてますか?