【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

非難の対象

2019-06-06 06:51:34 | Weblog

 「社会に害悪を為すもの」として、「貧乏人」「14歳」「おたく」「ホームレス」「外国人」「移民」などに今回「引きこもり」が加わりました。
 これだけいろいろ言い続けていたら、そのうち「ぴんぽーん」になるかもしれませんが、それまで外し続けてきたことについては、何か思わなくても良いのでしょうか。

【ただいま読書中】『叛逆航路』アン・レッキー 著、 赤尾秀子 訳、 東京創元社(創元SF文庫)、2015年、1300円(税別)

 人間のふりをしながら19年間逃げ回っていた「わたし」は、1000年前に自分の上司だった副官が死にかけているのを救います。そして、それは新たな逃避行の始まりでした。
 「イッサ」「併呑」「属躰」などのことばがまったく説明抜きに登場し、さらに「わたし」の現在と過去がカットバックで語られるものですから、私は容赦なく「異世界」の中をさ迷うことになってしまいます。SFではおなじみの手法ではありますが、やや粘着的な語り口はSFというよりはまるで私小説。そして、気分は迷路、となったところで「ブレク」という名前が「わたし」に与えられます。もっとも、本名かどうかはわかりませんが。
 ブレクは、かつては戦艦のAIで、その人格を数千人の「属躰」にダウンロードし、密なネットワークで結んで活動していたのですが、裏切りによって全てを失い、たった一人の属躰として生き延びていました。ブレクは復讐を誓い、そのための「銃」を手に入れようとします。もっとも、復讐の対象である裏切り者の皇帝は、数千人の分体でネットワークを構成していて、一丁の銃でそのどれだけを殺せるのかは、わかりません。それでもブレクは動き始めます。さらに、同じ意識を持ち密にネットワークで結合しているはずの皇帝たちの中にも、どうやら意見の違いがあるようです。すると、自分の敵の皇帝を見分けるにはどうしたらよい?
 本書にはSFならではの「センス・オブ・ワンダー」がみっちりと盛り込まれています。ブレクが属する人類の銀河帝国「ラドチ」は、古代ローマ帝国を思わせる権力構造となっていますが、その宗教は「宇宙」を反映したずいぶんユニークなものです。さらに、蛮族(エイリアン)プレスジャーは、もう何を考えているのかわからないくらい異質な存在です。もうちょっと小さなところでは、相手の性別を瞬時に判断して会話をしないといけない、という文化的な仕掛けもあります。「彼」「彼女」は現在の地球では三人称の代名詞ですが、本書では二人称で使われるのです。これ、会話がとっても難しい。と同時に、自分がいかに「ジェンダー」の枠組みに囚われているかを読者が意識させられるようにもなっています。
 本書は著者のデビュー作で、ヒューゴー賞やネピュラ賞など英米のビッグな賞を7つも受賞してしまいました。目新しいSF的な小道具は「属躰」くらいですが、文明・文化・政治・AIと人間の関係など、とてつもなく“大風呂敷"を広げている作品です(盛大に褒めているつもりです)。本書の最後のあたり、AIが「感情」によって動くシーンは、こちらの感情まで揺すぶられてしまいます。
 併呑によって支配された星の人々は、殺されるか属躰として接収されるかを免れた者だけ生き延びて「市民」になる道を歩むことができます。属躰には艦のAIがダウンロードされ、インプラントなどでお互いが密にコネクションを保ちつつ「わたし」として行動します。彼らは艦の「備品」であって「人間」でさえありません。面白いことに、皇帝もまた同じように、多くの肉体(こちらは同一の肉体のクローン)に同じパーソナリティーがダウンロードされお互いが密接にコネクションを保っています。同じテクノロジーを使っている存在が、社会の最高位と最下位に位置しています。それにはさまれた「人間」は、「家系」や「血脈」を拠り所として、自分たちより能力面ではるかに上をいく皇帝には絶対服従し、同じく能力面ではるかに上を行く属躰は軽蔑しつつ生きています。なんだかとっても不健康な心理になりそうですが、これって、ハイテクディストピアですか?
 本書は3部作の第一作。これがデビュー作とは、オソロシイ作家です。




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