私が住んでいた新村(シンチョン)の隣駅は梨大です。2番か3番出口で地上に出、まっすぐ
数分進めばそのまま梨花女子大学(以下梨大と省略)という韓国名門私立女子大の校内に
入ります。韓国の大学には博物館や美術館を併設している所が多く、梨大も規模は大きくは
ありませんが充実した所蔵品があるようです。
7月も半ばを過ぎたある休日、カットをしに梨大前の美容院へ行った帰りに寄ってみました。
11年前にも一度訪れたことがありますが、その時の主要な展示は現代アートでした。
現在は「朝鮮時代の女性の生涯」をテーマとした展示です。
博物館全景(内部は撮影不可で展示品の写真はありません)
一番初めの展示は태항아리という蓋つきの陶磁器の壺でした。항아리は甕とか壺を
意味します。태は辞書を引いてみると、「胎」つまり新生児を出産した後、母体に不要
となって出てくる胎盤を収め地中に埋めるための壺でした。出産に絡む事を‘穢れ’と
捉える思想が主流と思っていた古い時代に、生命を生む為の行為に関わるものが、大切に
扱われた事実を知って厳粛な気持ちになりました。
続いて産着に始まる成長過程ごとの衣服・装身具等、主要には両班(ヤンバン)と
云われる貴族階級の女性の身の回りのものが、一生を終えるまでの段階を追って
展示されています。
絹で作られた生まれたばかりの赤ちゃんに着せる産着の何と柔らかく肌触り良さ
そうなこと!冬は日本よりもうんと寒い朝鮮半島、子供用の外套や頭にかぶる頭巾の
ようなものもドラマで見た大人用のものの縮小版といった感じで、面白かったです。
会場に掲示されたこの展示に関する説明をご紹介します。
性理学の理念が社会の主軸となっていく過程で、朝鮮時代の女性は時代的に変化した地位
と生活を送ることになる。 朝鮮前期には男性と同等に財産を相続し、先祖を迎える祭事を
主管し、出産後にも子供の養育のために実家に居住できる権利があったが、儒教的規範が
強化される朝鮮末期に達すると、男女の内外法、七去の悪、再婚禁止のような家父長的な
秩序の中で、両親と夫に順応する人生を強要された。 それでも与えられた場所で家の生計を
立てて、子供を正しく善良に養育するとともに、繊細で豊富な芸術的感性を表現することが
できた女性たちは、朝鮮社会を支える内在的な力となった。 本展示の1室では女性の出生に
関連した胎壷をはじめとして、成長期に着用した服飾と装身具、婚礼に使われた遺物、そして
中年期と老年期に着用した服飾、最後に命を終える時用意された副葬品と子孫が着た喪服まで
展示することによって、朝鮮時代の女性の一生を見渡してみようと思う。 また、階層によって
受け持つ役割が違う朝鮮時代の王室の女性たちと両班(ヤンバン)および平民、専門職に
従事した女性たちの、固有な人生があらわれた服飾遺物と生活用品を通じて、朝鮮女性の
多様な活動と人生の姿を注意深くご覧ください。
李氏朝鮮の時代が儒教社会だった事は有名ですから、私もつい最近までは朝鮮も
女性は‘三界に家なし’的に、幼小期は親に、結婚したら夫に、老いては子どもに従って
生きることを余儀なくされる存在だと思っていました。ですから韓国で5万ウォン札が
発行された時、一番金額の高い紙幣が女性の肖像画であることに、本当に吃驚しました。
又その肖像画に描かれている人物は、朝鮮時代の高名な儒者栗谷李珥(ユルゴク
イ・イ)の母で申師任堂(シン・サイムダン)という女性ですが、彼女とその子李珥は共に
彼女の母の実家である江凌の烏竹軒で生まれたと知って、不思議な思いを抱きました。
韓国に日本女性が出産の時、実家に戻ってするようなそういう習慣が、あるかどうか
実際のところは知りませんが、あると仮定してもソウル在住の申家の嫁である申師任堂の
母は、自分の実家である烏竹軒で出産する可能性はありますが、その子(つまり申師任堂)は
自分の実家であるソウルの申家で出産するのではないかしら?と思いPCで検索して
みたことがあります。
すると申師任堂が江陵の烏竹軒で李珥を生むことになったのは、夫を亡くした後実家である
烏竹軒に住むようになっていた李氏が病気になり、娘である申師任堂が看病の為に滞在
している時に生まれたのだということだそうです。李氏は一人娘だった為に、女性ながら実家の
遺産を相続し、夫の死後は烏竹軒に住むようになっていたようです。子供が女性だけなら
それは当然のことと受け止めていましたが、政治体制の移行期という事で制度的な整備が
行き届かず、緩やかな規範の中にあったという事のようでした。関係ありませんが、私も規則や
制度は緩やかなのが好きです。人間個人個人の自由な発想や行動が尊重され、活かせるので
はないかと思うからです。
申師任堂は朝鮮一の女流画家と評される人で、この「朝鮮時代の女性の生涯」展にも
申師任堂作とされる枯梅花帖という絵が出展されています。朝鮮初期の緩やかな規範の
中で、理解心ある婚家の家族にも恵まれ十二分に才能を開花させた女性に思われます。
ミュウジアムショップも小さいながら充実していて、文具等お土産向きの小品の品揃えも良いと
思います。朝鮮時代の女性の生き方に関心のある方、お手頃でちょっと気のきいたお土産を
手に入れたい方、お勧めです。한번 가 보시면 어떨까?(一度いらっしゃってみたらどうでしょう?)