漂泊者の歌
今日は何もする気にもなれなかった。今日は、僕の気持ちを代弁してくれる敬愛する詩人の詩を紹介しよう。萩原朔太郎の「氷島」から”漂泊者の歌”。
漂泊者の歌
日は断崖の上に登り
憂ひは陸橋の下を低く歩めり。
無限に遠き空の彼方
続ける鉄路の柵の背後に
一つの寂しき影は漂ふ。
ああ汝 漂泊者!
過去より来りて未来を過ぎ
久遠の郷愁を追ひ行くもの。
いかなれば蹌爾として
時計の如くに憂ひ歩むぞ。
石もて蛇を殺すごとく
一つの輪廻を断絶して
意志なき寂寥を蹈み切れかし。
ああ 悪魔よりも孤独にして
汝は氷霜の冬に耐えたるかな!
かつて何物をも信ずることなく
汝の信ずるところに憤怒を知れり。
かつて欲情の否定を知らず
汝の欲情するものを弾劾せり。
いかなればまた愁ひ疲れて
やさしく抱かれ接吻する者の家に帰らん。
かつて何物をも汝は愛せず
何物もまたかつて汝を愛せざるべし。
ああ汝 寂寥の人
悲しき落日の坂を登りて
意志なき断崖を漂泊ひ行けど
いづこに家郷はあらざるべし。
汝の家郷は有らざるべし!
この詩を初めて知ったのは、自ら朗読しているシーンがある松田優作主演の映画「野獣死すべし」である。この詩を知ってから、この詩を超える詩を未だかつて知らない。今、私はこの詩をそらんじてできる。何かあったとき、徒歩の道で、ついこの詩を口ずさんでしまう。これほど私の思いを代弁してくれる詩が他にあろうか!私も漂泊者なのである。