6月初めごろから、水が入った近くの田んぼに、カブトエビが泳いでいるのに気が付きました。
カブトエビというのはこんな格好の生き物です。これについては大阪市立自然史博物館のプロジェクトYという淀川水系の生き物というページに解説が載っていました。それによると、日本産カブトエビTriops属にはアジア、アメリカ、ヨーロッパという3種が分布しているのですが、このうち、近畿にはアメリカとアジアの2種が分布しているということです。
そこで、少し調べようと思って調べ始めたのですが、実のところ深みにはまってしまい、よく分からなくなっています。でも、いつまでもこの問題を抱えていても仕方ないので、途中経過という形でこれまでに調べたことを出しておこうと思います。まず、カブトエビについては本[1]が出ています。
[1] 秋田正人、「生きている化石<トリオップス> カブトエビのすべて」、八坂書房(2000).
この本によると、アメリカとアジアの区別についてはLonghurstが1955年に出した論文[2]に依っているとのことです。
[2] A. R. Longhurst, "A Review of the Notostraca", Bull. Brit. Museum (Natural History) Zoology 3, 1 (1955). (ここからダウンロードできます)
Longhurstは世界に分布するカブトエビを4種に分類し、それを第2小顎と尾節の棘という二つの形質により分けました。秋田氏の本にはLonghurstの検索表の翻訳が載っているので、それを転載します。
①a 第2小顎がない
②a 尾節の後縁棘は中央となり、ほぼ等しく明らかに後縁より前方にある;中央棘は大きく、1~4個で1列に並んでいる アメリカカブトエビ longicaudatus
②b 尾節の後縁棘は縮小し、後縁に位置する;中央棘は小さく、3~4個以上のときは散在している;しばしば中央棘のないものもある オーストラリアカブトエビ australiensis
①b 第2小顎がある
③a 無肢体節の腹面上には余剰棘がない:中央棘は大きく、1~4個で1列に並んでいる ヨーロッパカブトエビ cancriformis
③b 無肢体筋の腹面には余剰棘がある;中央棘の大きさはいろいろで、5個以上のときは散在し、不規則に並んでいる アジアカブトエビ granarius
第2小顎というは口器のなかにある小さな器官で、これは採集して顕微鏡で見ないと分からないかもしれません。そこで、検索表の①を飛ばし、②aと③bを比較してアジアとアメリカを区別しようと思いました。共通の形態としては尾節の棘について書かれているので、それを比較しようと思いました。
これはLonghurstの論文に載っている尾節の図のうち、棘の部分のみを描いた模式図です。尾節後縁棘が大きく、明らかに後縁より前方に1対あるのがアメリカ、小さくて後縁にあるのがアジアということになるかと思います。それで、田んぼで撮った写真と比較してみました。
これが尾節の部分の写真です。黒矢印で示したものが尾節後縁棘で、目立つほど大きくなくて、また、明らかに後縁にあります。それで、アジアカブトエビではないかと思ったのです。
田んぼで何匹かのカブトエビの尾節を撮ってみました。中央棘の分布は個体によって大きく異なりますが、後縁棘は例外なく、小さくて後縁にあります。
もう一つ両者を分ける性質があります。それはアメリカには♀しかいなくて、アジアには♂♀両方がいるという点です。しかも、♂と♀では肢のない無肢体節の数が違います。そこで、いくつか写真で調べてみました。この写真では6-7節という個体と、10節という個体がいました。秋田氏の本によると、アジアでは♀の無肢体節は4-6節、♂は7-9節となっています。一方、アメリカと思われる個体♀では4-5節となっています(ただし、雌雄同体性では6-8節)。この写真で一番下の個体では実に10節もあり、♂の可能性が高いように思われます。♂がいるのはアジアなので、以上の結果からアジアカブトエビではないかと思いました。
ところが、ちょっと迷い始める事実が出てきました。一つは、自然史博物館のアメリカとアジアの尾節の写真が上の検索の基準に従えば、逆になっているのです。つまり、後縁より離れている方をアジア、後縁にある方をアメリカとしています。棘は確かに後者の方がやや大きな気がしますが、位置に関しては合いません。
もう一つは、岐阜大の長縄秀俊氏の論文[3]を読んだからです。
[3] H. Naganawa, "Invasive Alien Species Triops (Branchiopoda, Notostraca) in Japan and Its Ecological and Economic Impact", Rev. Agr. Sci. 8, 138 (2020).(ここからダウンロードできます)
この論文ではLonghurstがアジアカブトエビ T. granariusとした種がアフリカ~インド~シベリア~アジアという地理的に広い範囲にわたっているところに疑問を抱いたことに発しています。実際、インド、アジアに分布する個体をDNA解析をしたところ、全部で6個の単模式種に分けられたということです。このうち、日本、中国に分布する種を狭義のT. granariusとすべきという主張です。また、Wikipediaに載っていた、T. sinensisという学名はT. granariusのjunior synonym(後から同種のものに付けられた名前)ということでした。どうもカブトエビの解析については日本に産するものに関してもまだ発達途上ではっきりしたことは言えないような印象を持ちました。ということで、ちょっともやもやで終わってしまいました。
カブトエビというのはこんな格好の生き物です。これについては大阪市立自然史博物館のプロジェクトYという淀川水系の生き物というページに解説が載っていました。それによると、日本産カブトエビTriops属にはアジア、アメリカ、ヨーロッパという3種が分布しているのですが、このうち、近畿にはアメリカとアジアの2種が分布しているということです。
そこで、少し調べようと思って調べ始めたのですが、実のところ深みにはまってしまい、よく分からなくなっています。でも、いつまでもこの問題を抱えていても仕方ないので、途中経過という形でこれまでに調べたことを出しておこうと思います。まず、カブトエビについては本[1]が出ています。
[1] 秋田正人、「生きている化石<トリオップス> カブトエビのすべて」、八坂書房(2000).
この本によると、アメリカとアジアの区別についてはLonghurstが1955年に出した論文[2]に依っているとのことです。
[2] A. R. Longhurst, "A Review of the Notostraca", Bull. Brit. Museum (Natural History) Zoology 3, 1 (1955). (ここからダウンロードできます)
Longhurstは世界に分布するカブトエビを4種に分類し、それを第2小顎と尾節の棘という二つの形質により分けました。秋田氏の本にはLonghurstの検索表の翻訳が載っているので、それを転載します。
①a 第2小顎がない
②a 尾節の後縁棘は中央となり、ほぼ等しく明らかに後縁より前方にある;中央棘は大きく、1~4個で1列に並んでいる アメリカカブトエビ longicaudatus
②b 尾節の後縁棘は縮小し、後縁に位置する;中央棘は小さく、3~4個以上のときは散在している;しばしば中央棘のないものもある オーストラリアカブトエビ australiensis
①b 第2小顎がある
③a 無肢体節の腹面上には余剰棘がない:中央棘は大きく、1~4個で1列に並んでいる ヨーロッパカブトエビ cancriformis
③b 無肢体筋の腹面には余剰棘がある;中央棘の大きさはいろいろで、5個以上のときは散在し、不規則に並んでいる アジアカブトエビ granarius
第2小顎というは口器のなかにある小さな器官で、これは採集して顕微鏡で見ないと分からないかもしれません。そこで、検索表の①を飛ばし、②aと③bを比較してアジアとアメリカを区別しようと思いました。共通の形態としては尾節の棘について書かれているので、それを比較しようと思いました。
これはLonghurstの論文に載っている尾節の図のうち、棘の部分のみを描いた模式図です。尾節後縁棘が大きく、明らかに後縁より前方に1対あるのがアメリカ、小さくて後縁にあるのがアジアということになるかと思います。それで、田んぼで撮った写真と比較してみました。
これが尾節の部分の写真です。黒矢印で示したものが尾節後縁棘で、目立つほど大きくなくて、また、明らかに後縁にあります。それで、アジアカブトエビではないかと思ったのです。
田んぼで何匹かのカブトエビの尾節を撮ってみました。中央棘の分布は個体によって大きく異なりますが、後縁棘は例外なく、小さくて後縁にあります。
もう一つ両者を分ける性質があります。それはアメリカには♀しかいなくて、アジアには♂♀両方がいるという点です。しかも、♂と♀では肢のない無肢体節の数が違います。そこで、いくつか写真で調べてみました。この写真では6-7節という個体と、10節という個体がいました。秋田氏の本によると、アジアでは♀の無肢体節は4-6節、♂は7-9節となっています。一方、アメリカと思われる個体♀では4-5節となっています(ただし、雌雄同体性では6-8節)。この写真で一番下の個体では実に10節もあり、♂の可能性が高いように思われます。♂がいるのはアジアなので、以上の結果からアジアカブトエビではないかと思いました。
ところが、ちょっと迷い始める事実が出てきました。一つは、自然史博物館のアメリカとアジアの尾節の写真が上の検索の基準に従えば、逆になっているのです。つまり、後縁より離れている方をアジア、後縁にある方をアメリカとしています。棘は確かに後者の方がやや大きな気がしますが、位置に関しては合いません。
もう一つは、岐阜大の長縄秀俊氏の論文[3]を読んだからです。
[3] H. Naganawa, "Invasive Alien Species Triops (Branchiopoda, Notostraca) in Japan and Its Ecological and Economic Impact", Rev. Agr. Sci. 8, 138 (2020).(ここからダウンロードできます)
この論文ではLonghurstがアジアカブトエビ T. granariusとした種がアフリカ~インド~シベリア~アジアという地理的に広い範囲にわたっているところに疑問を抱いたことに発しています。実際、インド、アジアに分布する個体をDNA解析をしたところ、全部で6個の単模式種に分けられたということです。このうち、日本、中国に分布する種を狭義のT. granariusとすべきという主張です。また、Wikipediaに載っていた、T. sinensisという学名はT. granariusのjunior synonym(後から同種のものに付けられた名前)ということでした。どうもカブトエビの解析については日本に産するものに関してもまだ発達途上ではっきりしたことは言えないような印象を持ちました。ということで、ちょっともやもやで終わってしまいました。
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