川上弘美の長編小説を初めて読んだ。と思いきや章ごとに何となく話が途切れているので、これは続きものの短編小説が集まった長編小説かなぁ。と思いきややっぱり展開はあったのでして、これはれっきとした長編小説なのでした。そして読み終わってみると、とても切なくて切なくてしあわせなものがたりなのでした。古本屋で買った少し古い単行本は僕の保存本となりました。
2度と戻ることの無いあたたかさを知ってしまったがゆえの寂しさと孤独をひしひしと感じます。でもツキコさんは後悔などひとつとしてしていないだろうと思います。何ものにも代えがたいあたたかさを知ることができたからです。寂しくてもツキコさんはきっとしあわせなのだと思います。つまりツキコさんが時々開ける空っぽのセンセイの鞄には、寂しさと孤独と切なさとしあわせとあたたかさが、きちんと整理されて収まっているのです。
2度と戻ることの無いあたたかさを知ってしまったがゆえの寂しさと孤独をひしひしと感じます。でもツキコさんは後悔などひとつとしてしていないだろうと思います。何ものにも代えがたいあたたかさを知ることができたからです。寂しくてもツキコさんはきっとしあわせなのだと思います。つまりツキコさんが時々開ける空っぽのセンセイの鞄には、寂しさと孤独と切なさとしあわせとあたたかさが、きちんと整理されて収まっているのです。
僕は地面のしみでして。
生まれた時も死ぬ時も。
誰も知ることは無いのです。
僕も知ることは無いのです。
僕が見るものは。
空と時々靴の底でして。
あまり退屈することも無く。
下から見上げることと。
上から見下ろすことの。
どちらが楽しいかなあ。
などということを時々は。
考えたりもするのです。
僕の夢は旅でして。
偶然出会った鳩から聞いた。
5丁目の公園の。
気前のいいパンおじさんを。
ひと目見てみたいなぁ。
と本気でもなく思ったりもするのです。
空を眺めていると毎日が新鮮で。
有為も無為も無く。
あなたにあいたくなるのです。
いつ死ぬかなんて。
死んだらどこへ行くのかなんて。
知ることも悟ることもしたくない。
僕は地面のしみなのです。
生まれた時も死ぬ時も。
誰も知ることは無いのです。
僕も知ることは無いのです。
僕が見るものは。
空と時々靴の底でして。
あまり退屈することも無く。
下から見上げることと。
上から見下ろすことの。
どちらが楽しいかなあ。
などということを時々は。
考えたりもするのです。
僕の夢は旅でして。
偶然出会った鳩から聞いた。
5丁目の公園の。
気前のいいパンおじさんを。
ひと目見てみたいなぁ。
と本気でもなく思ったりもするのです。
空を眺めていると毎日が新鮮で。
有為も無為も無く。
あなたにあいたくなるのです。
いつ死ぬかなんて。
死んだらどこへ行くのかなんて。
知ることも悟ることもしたくない。
僕は地面のしみなのです。