いつだってデレク・シアンフランスの作品は僕らの心のひだに触れ、胸をかきむしりたくなるような激情を引き起こしてきた。離婚経験がなくても、幼少期に両親の別離がなくても『ブルー・バレンタイン』が拭い去れない爪痕を残したのは、それが個人史を超え、神話的とも言える厳かさを宿していたからではないだろうか。初のTVシリーズとなる本作は、そんなシアンフランスのナラティヴが然るべき時間で語られた最高傑作だ。
物語は統合失調症を患うトーマスが、図書館で自身の右手を切り落とす場面から始まる。長年、兄の介護を続けてきた双子の弟ドミニクは彼を入院させようと奔走するが、空いているのは劣悪な環境で知られるハッチ法医学研究所だけだ。そして兄のために忙殺されるドミニクもまた私生活に問題を抱えていた。そんなある日、ドミニクは亡き祖父の遺したイタリア語の自伝を見つけ、翻訳を依頼するのだが…。
近年、アメリカ映画やTVシリーズは家族という価値観に疑問を呈し続けてきた。大統領にまで上り詰めたあの男は「アメリカを再び偉大にする」と宣ったが、果たしてアメリカが正しかった時などあるのだろうか?憎しみによって大きく分断された規範なき社会において、今一度、家族の在り方が問い直されている。『シャープ・オブジェクツ』『ザ・ホーンティング・オブ・ヒルハウス』、そして『ヘレディタリー』とそのいずれもが恐怖のモチーフとして家族を描いている。そして息詰まるような演出を見せる本作ではハッキリと「呪いだ」という言葉で家族の宿怨が表現されている。本当の父を知らず、自身と全く同じ顔をした双子のトーマスに人生の大半を奪われたドミニクは、身の上の不幸の元凶がイタリア語で書かれた祖父の自伝にあるのではと思い込んでいく。口にするのもおぞましい予兆を孕んだこの日記の存在は、得体の知れない恐怖となって物語を終盤まで支配する。
重厚なシアンフランス演出に応え、トーマスとドミニクを1人2役で演じたマーク・ラファロは本作でエミー賞他、各賞を独占した。心身的に追い詰められたトーマスの混乱と、それを受け止め、耐え忍ぶドミニクを両立させるという並外れたパフォーマンスであり、ラファロの全キャリアにおいても最高作である。彼は役に合わせて身体を作るのではなく、人格をゼロから作り上げる“性格俳優”であり、これほどまでに追い詰められた人間心理を演じたことはなかった。どちらかといえば彼には常に世間体に縛られない自由奔放さ、“天然っぽさ”があり、それは近年のMCUにおける自己実現してしまった超人ハルク像にも繋がっているように思う。
ラファロのキャリアで本作に最も近いのは、彼が一躍注目された2000年のケネス・ロナガン監督作『ユー・キャン・カウント・オン・ミー』ではないだろうか。ローラ・リニー扮する姉と不仲が続いた不肖の弟役で、彼の自由な気風が姉に変化をもたらす一方、常にどこか生きづらさを抱えた寂しさがつきまとって見えた。彼にとって“兄弟”という関係性が重要なインスピレーションであることは、後述する。
ラファロのキャリアで本作に最も近いのは、彼が一躍注目された2000年のケネス・ロナガン監督作『ユー・キャン・カウント・オン・ミー』ではないだろうか。ローラ・リニー扮する姉と不仲が続いた不肖の弟役で、彼の自由な気風が姉に変化をもたらす一方、常にどこか生きづらさを抱えた寂しさがつきまとって見えた。彼にとって“兄弟”という関係性が重要なインスピレーションであることは、後述する。
ラファロを囲んだ女優陣のアンサンブルが素晴らしい。日記の翻訳を請け負う大学講師役でジュリエット・ルイスが出てきて驚いた。『ギルバート・グレイプ』や『カリフォルニア』、『ナチュラル・ボーン・キラーズ』で90年代前半にエキセントリックな魅力を発揮した彼女も40代。魅力はそのまま、本作では図々しいオバチャンを演じて笑わせてくれる。やはり90年代に活躍したロージー・オドネルがソーシャルワーカー役で登場し、すっかり味のある中年俳優になっていることにも驚かされた。
ドミニクの恋人役には対照的な2女優が配されており、イモージェン・プーツが見せる悲壮には胸が痛む。そして悲劇的な別離に至った元妻デッサにはキャスリン・ハーンが扮している。彼女がいかに名女優かは続く『ワンダヴィジョン』を見ても明らかだろう。『プライベート・ライフ』で見せたリアルな生活感と足腰の据わった実直さは並みのハリウッドスターでは醸し出せない。彼女もジュリエット・ルイスと同い年。こういう遅咲きの女優がメインストリームに出てくるところにアメリカ映画の面白さがある。
物語は『ブルー・バレンタイン』同様、過去と現在を何度も往復し、若きドミニクがデッサとの希望に満ちた未来を思い描いていた様子を映し出していく。それは見る者に個人史を引き寄せ、悔恨の念を抱かせるかも知れない。しかし常に過去とは不可分な存在であり、本作もまた運命と自由意志についての物語である。どれだけ打ちのめされようとも、人は生き続け、自ら選択した先に“少しだけの真実”があるのだ。そうしてドミニクは家族であることの呪いから解放されていくのである。
本作は2人の人物に献辞が捧げられている。それはシアンフランスの弟と、そして拳銃事故によって他界したラファロの弟である。“最もパーソナルなことが最もクリエイティブ”であり、本作の偉大さはそんな個人的動機や個人史を超越し、神話的とも言える普遍性を獲得したことにあるのではないだろうか。
『ある家族の肖像/アイ・ノウ・ディス・マッチ・イズ・トゥルー』 20・米
監督 デレク・シアンフランス
出演 マーク・ラファロ、キャスリン・ハーン、イモージェン・プーツ、メリッサ・レオ、ジョン・プロカチーノ、ロブ・ヒューベル、マイケル・グレイアイズ、ゲイブ・フェイジオ、ジュリエット・ルイス、ロージー・オドネル
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