※このレビューは物語の結末に触れています※
凄惨な殺人事件の記事を読んだ時に覚えるあの悪寒に近い。一体誰が、何のためにこんな怖ろしい事をしたのか。こうして書いている今も解決の報を聞かないあの事件はどうなったのかと頭を過り、得体の知れない気分になる。この世には考えの及ばない、邪悪な物事が確実に存在する。『アウトサイダー』はそんなドラマだ。
冒頭、少年の惨殺死体が発見される。無造作に打ち捨てられたそれはまるで獣に屠れたかのようだ。ラルフ刑事が捜査にあたり、やがて彼自身も交流のあった教師テリーが逮捕される。しかしテリーには犯行当時、およそ100キロ離れた場所で衆人環視の下イベントに出席中という鉄壁のアリバイがあった。
原作は巨匠スティーブン・キング。『IT』『ドクター・スリープ』『ペット・セメタリー』など近年、再び映像化ブームを迎えている御大だが、やや懐古的なそれらと本作が異なるのは2020年現在進行形の“最新版キング”である点だろう。原作は日本未刊行の最新作で、製作は意外やキング作品初映像化となるHBO。スタッフには『ミスター・メルセデス』『キャッスルロック』といった近年のキング原作TVドラマを手がけている“キングフリーク”が結集した。第7話、9話の脚色は『ミスティック・リバー』で知られる人気作家デニス・ルヘインという異色の顔合わせも実現している。そして第1話、2話の監督と製作総指揮を務めるのがNetflixの犯罪ドラマ『オザークへようこそ』で映像作家としての才能を開花させ、エミー賞では監督賞にも輝いたたジェイソン・ベイトマンだ。彼の冷ややかでダークな映像センスが本シリーズの大きな指針となっており、本当に怖いモノを見せない厭~な演出はこれまでのキング作品にない面白さを生んでいる。
【ここからネタバレ!】
『アウトサイダー』は『ミスター・メルセデス』のような犯罪スリラーとして幕を開けながらシーズン中盤以後、“それ”の存在を明らかにし、ゴシックホラーへと転調していく。劇中“thing”、そしてスペイン圏の魔物である“エル・クーコ”の名で呼ばれる“それ”は人から人へと乗り移り、姿を模して殺人を繰り返していたのだ。
『IT』のペニー・ワイズなど、これまでもキング作品には象徴的な魔物が多数登場してきたが、本作の“それ”が決定的に違うのはあくまで観念的で、姿の見えない存在である事だ。人は人知の及ばぬ邪悪に如何に立ち向かうのか、という一連のテーマをリアリズムで描いている事に本作の面白さがある。
その作品世界をキング小説映像化史上最高ともいえる名バイプレーヤー陣が支えている。主人公ラルフに『スター・ウォーズ/ローグ・ワン』のベン・メンデルソーン、その妻にメア・ウィニンガム。弁護士役に『ナイト・オブ・キリング』のビル・キャンプ、後半重要な役どころでパディ・コンシダインも登場する。監督ベイトマンも重要容疑者テリー役でお得意の小市民芝居を披露だ。彼らの抑制された演技アンサンブルはジャンルもののそれを超えた名演であり、特に“それ”の存在を知らされる第5話の憔悴と緊迫が素晴らしい。
そして物語をリードするのが第3話から登場し、実質上の主人公となる私立探偵ホリー役のシンシア・エリヴォだ。アカデミー主演女優賞にノミネートされた『ハリエット』を挙げるまでもなく既にトニー賞、エミー賞ホルダーのカメレオン女優であり、彼女の妙演が現実と怪談を橋渡ししていく。第六感ともいうべき特殊能力によって事件の本質を捉えるホリーはどこか浮世離れしているが、キング作品では社会から疎外された存在が常にこの世の真実を捉えてきた。そして本来、白人であるホリーを黒人に変更した意図は終幕でより鮮明となる。そう、彼女はメインキャスト中、唯一の有色人種なのだ。Black Lives Matterによって世界が激動する現在、「アウトサイダーだけがアウトサイダーを見抜ける」という彼女の台詞は思わぬ形で立体性を増した。何よりコロナショックで揺れる2020年の今、邪悪が“伝染する”という設定は僕らが最も身近に感じる恐怖だろう。ホリーは言う「今は悪の感染源を辿るのではなく、誰が感染しているのかを探り当てるべきだ」。
『アウトサイダー』は思わぬ形で同時代性を獲得し、巨匠キングの衰えぬ才能を証明した。キングファンはもちろん、近年の映像化作品を見てきた映画ファンもぜひ本作で御大への認識をアップデートしてほしい。
『アウトサイダー』20・米
監督 ジェイソン・ベイトマン、他
出演 ベン・メンデルソーン、シンシア・エリヴォ、ジェレミー・ボブ、メア・ウィニンガム、ビル・キャンプ、パディ・コンシダイン
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