1980年にテキサスで起こったキャンディ・モンゴメリーによる殺人事件はその特異性から世間の耳目を集め、近年も本作と同時期にジェシカ・ビール主演で『キャンディ 隠された狂気』としてTVシリーズ化されている。新たな視点を持ち込む名手デヴィッド・E・ケリーの脚本をレスリー・リンカ・グラッター、クラーク・ジョンソンの監督陣が有効に映像化できているとは必ずしも言い難いが、作品を再現ドラマ以上へと引き上げる主演エリザベス・オルセンの巧みな演技は必見だ。
キャンディは2人の子供の母にして研究者の夫を持つ献身的な妻、地元の教会では合唱隊に所属する絵に描いたような模範的市民だった。だが、一見満ち足りた生活を送る彼女の内には、言葉に言い表せない何かが澱のように溜まっている。キャンディは信頼していた牧師の離婚をきっかけに、同じ合唱隊に所属するアラン・ゴアとの不倫関係に陥る欲望に取り憑かれていく。人間のあらゆる思考がソーシャルメディアを通じて視覚化される昨今、『ラブ&デス』は人間の言語化できない感情の曖昧さに注目している。おそらくキャンディ自身も、行動の瞬間は自身の思考を明確化できなかったのではないか。わずかな表情にあらゆるニュアンスを含ませるエリザベス・オルセンの演技は、スーパーヒーロー役では決して達成できないものだ。振り返れば彼女が注目されたのは2011年のショーン・ダーキン監督作『マーサ、あるいはマーシー・メイ』。カルト教団から脱出するもマインドコントロールが抜けきらず、現実と妄想の狭間を揺蕩う少女役だった。MCU入りは彼女にスターの地位を与えたものの、約10年に及ぶキャリアの拘束は演技的衝動を妨げたのか『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』での卒業以後、MCUに対してはやや批判的な発言が多い。『ラブ&デス』の多義的な心理表現を見れば、彼女が類まれな才能の持ち主であることは一目瞭然。エミー賞も期待されたが、リミテッドシリーズ偏重の昨今は候補枠も渋滞気味で、“映画俳優”であるオルセンは『戦慄の絆』のレイチェル・ワイズともども選外となっている。タイトル獲得はともかく、TVシリーズ見ずして俳優のキャリア更新を目撃できない時代であることは重ねて言っておこう。
オルセンを囲んでジェシー・プレモンス、リリー・レーブ、トム・ペルフリー、エリザベス・マーベルら演技巧者が揃い、アンサンブルも充実。特にプレモンスはオルセンの演技メソッドに同調し、やはり言語化できない欲望と期待によって不倫関係を受け入れる男を実に巧妙に演じている。40年以上も前の出来事だけに検索してしまえば容易に事の顛末を知ることはできるが、まずは手ぶらでドラマに飛び込み、エリザベス・オルセンという逸材に驚愕してもらいたい。
『ラブ&デス』23・米
監督 レスリー・リンカ・グラッター、クラーク・ジョンソン
製作 デヴィッド・E・ケリー
出演 エリザベス・オルセン、ジェシー・プレモンス、リリー・レーブ、トム・ペルフリー、クリステン・リッター、パトリック・フュジット、エリザベス・マーベル
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