長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ロスト・ドーター』

2022-02-15 | 映画レビュー(ろ)

 近年、俳優達が相次いで監督デビューを果たし、そのいずれもが傑作というムーブメントが続いているが、2021年は2人の俳優監督に注目が集まった。共にNetflixからリリースされている『PASSING』のレベッカ・ホールと、本作『ロスト・ドーター』のマギー・ギレンホールだ。ギレンホールはエレナ・フェッランテの原作小説を自ら脚色し、ヴェネチア映画祭で脚本賞を受賞。そしてアカデミー賞では脚色賞にノミネートされている。その多才に驚かされるばかりだが、HBOのTVシリーズ『DEUCE ポルノストートinNY』で既にエピソード監督を務めており、満を持しての長編映画デビューだったのだ。その語り口は自信に満ちており、『ダークナイト』『クレイジー・ハート』等で知られるバイプレーヤーらしく、役者の使い方もすこぶる巧い。本作でオスカー候補に挙がったオリヴィア・コールマン、ジェシー・バックリーらはもとより、主人公の心を揺さぶるヒッチハイカー役でイタリアの女優アルバ・ロルバケルをキャスティングする所に非凡なセンスがある。アルバケルが登場する場面だけ物語が異様な浮き上がり方を見せるのだ。

 映画の舞台は真夏のギリシャ。ここにイギリスから大学教授のレダがバカンスに訪れる。せっかくの海辺のリゾートというのに開放感に浸っているような様子はなく、他人を避け、頑なだ。『女王陛下のお気に入り』『ファーザー』と名演の続くオリヴィア・コールマンは罪悪感から千々に乱れたレダの心理を演じ、名優の仕事ぶりである。ギレンホールは主人公の心に寄せては返すメランコリーと回想を触感的に演出しており、観客に容易な感情移入を許さない。ヨーロッパを舞台としているためか、ミステリアスで謎めいたストーリーテリングはアメリカの映画監督よりもミヒャエル・ハネケやフランソワ・オゾンなど欧州の映画作家の影響を色濃く感じさせる。レダは同じビーチでくつろぐ若い母親ニーナ(ダコタ・ジョンソン)に強い関心を抱いていくのだが…。

 回想シーンで若き日のレダを演じるのはジェシー・バックリー。クイと上がった口角で時にニヒルに、時に邪悪に、時に悲壮に演じ分けてきた彼女がここでは子育てに忙殺され、学術研究に没頭できず口元を歪める。レダはかつて衝動的に家を飛び出し、数年間子どもたちを捨てたのだ。子供を愛せず、自分自身の生き方を求めた彼女を世の母性信仰が抑圧し、晴れることのない罪悪感を抱せる。ニーナに自身と同じものを見出したレダは言う「自由に生きればいいのよ。これは決して治らない」。マギー・ギレンホールもまた女であるが故にこの『ロスト・ドーター』に強いシンパシーを抱いたのではないか。

 わずかばかりの救いはレダの電話に応える娘たちの明るい声だ。「ママ、なんで電話をくれないの?生きてるか死んでるかくらい教えてよ」「生きてるわ」。原作では「死んでるわ」という言うセリフをギレンホールは反転させる。そう、自由に生きるために罪と憂鬱を背負う必要なんてないのだ。


『ロスト・ドーター』21・米、ギリシャ
監督 マギー・ギレンホール
出演 オリヴィア・コールマン、ジェシー・バックリー、ダコタ・ジョンソン、エド・ハリス、ピーター・サースガード、ポール・メスカル、ダグマーラ・ドミンスク、アルバ・ロルバケル

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