長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ショーイング・アップ』

2024-01-01 | 映画レビュー(し)

 辺境からアメリカを描き続けてきた名匠ケリー・ライカートが、今度はオレゴンの芸術大学に目を凝らした。主人公リジーはここで教鞭をとりながら、間もなく自身の個展を迎えようとしている。できるものなら創作に集中したい。ところが、家の給湯器が壊れてもう何日もシャワーを浴びれていない。大家でもあるアーティスト仲間は、昨今の住宅事情を見越してこの中古物件を買い上げ、今や家賃収入で生活しながら自分の創作に集中している。シャクに触るが、仕方ない。お金儲けはそんなに得意じゃないのだ。そんな折、窓から飛び込んできた鳩を愛猫が襲い、看病することになった。彫刻の焼き上がりは芳しくない。やはり美術家の兄は最近、特にメンタルが良くなさそうだ。あぁ、創作に集中したいのに。

 人は何かを生み出すことと無縁ではいられず、ひと度何かを生み出せば“アーティスト”である。ライカートは大学の至る所で創作に励む学生たちに目をやり、4度目のタッグとなる盟友ミシェル・ウィリアムズがリジー役に市井の芸術家のリアリズムを与える。大家役のホン・チャウも最高だ。リジーは決して快く思っていない相手だが、この中古アパートの改築は父が手伝った。隣人である彼女らは好むと好まざるとに関わらず、実は誰よりも近しい友人である。そんな微妙な距離感にリアリティを生むチャウの巧者ぶりときたら!

 ライカートの筆致には今や巨匠然とした余裕があり、初期作品の切実さとは対象的にユーモアが漂う。「もう飛べたんだね」と鳩の視点を借りるクライマックスはさながらヘンリー・ジェイムズの『鳩の翼』であり、多くの生活者でもあるアーティストたちは『ショーイング・アップ』に大きく背中を押されることだろう。


『ショーイング・アップ』22・米
監督 ケリー・ライカート
出演 ミシェル・ウィリアムズ、ホン・チャウ、ジョン・マガロ、ジャド・ハーシュ

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