ハリウッドが低予算映画でブレイクした気鋭の新人監督を潰してしまうのは今に始まったことではないが、2009年の長編デビュー作『第9地区』でいきなりアカデミー作品賞にノミネートされ、以後『エリジウム』『チャッピー』と独創的なSF映画を撮ってきたニール・ブロムカンプが雇われ仕事に徹した本作『グランツーリスモ』は、才能の悲劇的な空費によってクラッシュ、炎上している。一時は『エイリアン2』の正統続編(“シン・エイリアン3”とでも呼ぶべきか)の企画開発で話題を呼んだブロムカンプだが、この約10年はオリジナル脚本、中規模予算で製作するSF映画作家にとって困難な時代であったことが伺える。
2023年は『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』やHBOのTVシリーズ『THE LAST OF US』の大成功によってTVゲーム原作モノの映像化元年と言われているが、ゲームがこれだけ多様な表現形態を持っているなら、当然そのどれもが映画、TVシリーズへ翻案できるとは言い難い。『グランツーリスモ』が描くのはプロゲーマーが実際のレーサーへ転身したという驚きの実話と、『グランツーリスモ』というゲームのコマーシャルだ。山内一典によって作られた原作ゲームは実在のコース、車体から排気音に至るまで徹底再現された“レーシングシュミレーター”であり、そのメイキング過程こそ興味を引かれるものの、あいにくブロムカンプはエンジンにもスピードにも、ひょっとすると車にすら興味を持っていない。ストーリーテリングというタイヤが暖まるまでには随分と時間がかかり、カメラの高さ(地面からあまりにも高すぎる!)も編集のタイミングも間違ったレースシーンは、クライマックスでル・マンを舞台にしながら近年のレース映画の傑作『フォードVSフェラーリ』に競ろうという気概すら見せない。引きこもりのゲーマーだったヤン少年が夢を叶え、自己を確立していくドラマは形ばかりで、320kmの車窓の如く通り過ぎている。
唯一の見どころは鬼教官ジャック役のデヴィッド・ハーバーだろうか。かつてレーサーでありながら夢破れ、メカニックとして反骨の日々を送るジャックが、“ゲーマーを本物のレーサーにする”という企業論理と資本主義に眉をひそめながら、徹底的に若者たちを鍛え上げていく。ヤングとの相性は『ストレンジャー・シングス』でも実証済み。とかくスパルタが許されない今の時代に相応しいメンター像で、ハーバーにとってはキャリアの重要な1つになるかもしれない。彼と主人公ヤンの師弟関係が束の間、本作をスポーツレース映画たらしめていた。
現在、レース映画は渋滞状態。本作の後にはマイケル・マン監督の『フェラーリ』(伝記映画と思っていたが、予告編を見る限り紛れもない“レース映画”だ)、そして『トップガン マーヴェリック』で戦闘機コクピット内に役者とカメラを仕込んだジョセフ・コシンスキー監督とブラッド・ピットがタッグを組むタイトル未定のF1映画が待機している。『グランツーリスモ』は早々に追い抜かれてしまうことだろう。
『グランツーリスモ』23・米
監督 ニール・ブロムカンプ
出演 アーチー・マデクウィ、デヴィッド・ハーバー、オーランド・ブルーム、ジャイモン・フンスー
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