黒沢清もクリストファー・ノーラン同様、スマートフォンを持っていないのか?それとも『回路』以来、使っているのは箱型PCか?ネットに蔓延る個別の悪意が集団意識を形成する恐怖…現代社会を映したと謳うプロダクションノートとは裏腹に、『Cloud クラウド』はあまりにも観念的、概念的で、黒沢が果たしてどこまで現実の事象を理解しているのか疑わしい所ではある。だが、映画にはそんな作劇上の違和感を超えた不気味さが湛えられ、悪寒と笑いが観る者を襲うのだ。
菅田将暉演じる主人公吉井は昼はクリーニング工場で働いている。とりたてて自己主張のある性格ではないが、勤勉な仕事ぶりで上司(荒川良々)の評価もいい。しかしこれは彼にとって必要最低限の“つなぎ”に過ぎない。自宅は各所で買い付けた物品の段ボールが山積みとなり、ほとんど倉庫のようになっている。彼はレア品や廉価品を買い付けては高値で売りさばく競取り、いわゆる“転売ヤー”なのだ。その手法は時に強引で、自分さえ儲かればよいという利己主義。それでいて同棲を考えている恋人(古川琴音)がいる。菅田はどこにでもいる好かれもしなければ嫌われもしない若者像を巧みに作り上げている。やがて吉井のやり口はあちこちで恨みを買い…。
ネットを介して集った襲撃者は皆、吉井に個人的な恨みを抱いているため、『Cloud クラウド』は正確にはネット上の個別意思が集団意識を成すスリラーではないように思う。しかし、この驚くほど低予算で撮られたスリラーは黒沢の熟練の手腕によって目を離すことができない。リアリティを度外視した書き言葉を発する俳優たちは黒沢のメソッドを徹底し、窪田正孝が仄暗い個性を発揮。役柄の不気味さも相まった佐野役奥平大兼の名前も覚えておくべきだろう。若者たちが得体の知れない邪悪な力学によって動かされるこの世は既に地獄に突っ込んでいるのか?形而上学的なラストシーンに、この怪作がかつて2000年代の幕開けを謳った『回路』のVer.24だと気付かされるのである。
『Cloud クラウド』24・日
監督 黒沢清
出演 菅田将暉、古川琴音、奥平大兼、窪田正孝、荒川良々、岡山天音
※2024年9月27日公開
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