2022年のウクライナ戦争開戦以後、ロシアに対する国際社会の“海上封鎖”は経済分野に留まらず、2023年のカンヌ映画祭で出品を認められた露映画はイリヤ・ポボロツキー監督による本作『グレース』唯1本だったという。日頃、映画をジャンルや国籍で語りがちだが、何時とも何処とも知れない本作を見ると、「土地とそこに暮らす人」こそが映画における最も重要なファクターではと思えてくる。
映画は前半1時間を過ぎるまでろくろく筋立てもわからない。赤茶けたキャンピングカーに乗って父娘が旅をしている。母を亡くしたばかりの年頃の娘にとって父親の存在は疎ましく、父はそんな娘と語らう術を持っていない。娘はポラロイドカメラで道行く人々を撮り、父は違法DVDを売って日銭を稼ぐ。「インターネットがあれば…」と娘がこぼす此処は終末戦争後の未来にも、遥か彼方の惑星にも見えるが、コーカサスから始まるロシア南西部なのだと言う。ソ連崩壊後の打ち捨てられたこの地で間に合せの権力が睨みを効かせる中、父娘は山から山、村から村へと映画の移動上映を続けている。『グレース』は父娘の普遍的なロードムービーだ。しかし車窓に映る一顧だにされない人々の暮らしと大地の姿に、蹂躙し、膨張し続ける国家権力の姿を想起せずにはいられないのである。
『グレース』23・露
監督 イリヤ・ポボロツキー
出演 マリア・ルキャノバ、ジェラ・チタバ、エルダル・サフィカノフ
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